私たちの身体の中には2種類の免疫機構がある。一つは抗原特異的反応で、抗体反応や、T細胞の細胞性障害反応がこれに当たる。一方、自然免疫と呼ばれている機構もあり、これは細菌の細胞壁に存在する物質や核酸に対して即座に反応し、炎症を誘導して身体を守る仕組みだ。外来物質に対する特異性を考慮すると、外界から侵入する細菌やビールスに対しては、先ず自然免疫が対応して手当り次第に 病原体の増殖を抑え、その後特異的な免疫反応を誘導して標的となる病原体だけを処理すると言うなかなか合理的な仕組みだ。では両者は全く別々の機構なのか?病原体侵入直後の自然免疫反応が、その後の免疫反応誘導を促進すると言った共同作用についてはこれまでも知られていた。今日紹介する英国ケンブリッジMRCからの論文は、特異的抗体がでてきた後、抗体の結合した病原体が細胞内に取り込まれ自然免疫反応を誘導する新しい仕組みについて明らかにした研究で、9月5日号のScience誌に掲載された。タイトルは「Intracellular sensing of complement C3 activates cell autonomous immunity(細胞内のC3検出機構は細胞内因性の免疫を活性化させる)」だ。正直、どうしてこのような事が今まで気づかれなかったのか不思議なくらい面白い現象だ。侵入する病原体に対する抗体が結合すると、病原体に対する貪食機能を促進したり、病原体の細胞内への侵入を阻止する中和反応を起こしたり、あるいは補体と言うタンパク質分解系を活性化させ、病原体を分解する事が知られている。この補体の成分の一つC3が病原体とともに細胞内に取り込まれ、細胞内で自然免疫を活性化させることで、病原体排除に一役買うと言う事を初めて示したのが、この研究だ。このグループは免疫に関わるリンパ球やマクロファージと言った特殊細胞とは異なる普通の細胞(ここでは胎児腎臓細胞株)が病原体に直接反応できるか調べていた。そして、細胞はビールスや細菌などの病原体自体には反応できないが、病原体をそれに対する抗体を持つ人間の血清で前処理すると反応できるようになり、自然免疫反応に関わるシグナル経路が活性化される事を発見した。実際にはこの発見が全てで、後はトントン拍子で研究は進む。1)細胞内に取り込まれたときだけ自然免疫が活性化する。2)抗体だけではだめで、補体の中のC3が抗体と結合しているときだけ反応が起こる。3)誘導される反応はほとんど自然免疫と同じで、炎症を引き起こすサイトカインが分泌される、4)ほとんどのほ乳動物でこの機構が存在する、5)どんな病原体でも抗体が出来れば有効、そして5)MAVSと呼ばれるミトコンドリアに存在する分子がC3のセンサーとして働き、自然免疫回路を活性化させている事を突き止める。他にも、ビールスが補体と抗体の結合を弱める機構を開発する事で、この反応を回避している事まで明らかにしており、内容は盛りだくさんだ。新しい事をしっかり理解できたと言う気持ちにさせる論文だ。著者等は慎み深く、勝手に様々な事を議論すると言うスタイルはとっていない。しかし素人が見ても、このメカニズムはクローン病を始め様々な慢性炎症で、免疫と自然免疫をつなぐ鍵になっているかもしれない。新しい抗ビールス薬の開発だけでなく、まだ試行錯誤の続く慢性炎症治療薬の開発に道が開かれるのではと期待したい。