少し専門的な論文紹介が続いたので、今日は少し息抜きの意味で、皆さんもご存じのレンブラントの大作「夜警」に対して行われた、科学的大調査の論文を紹介する。オランダ、フランス、そしてベルギーの研究期間が共同で行なった論文で化学のトップジャーナル Angewante Chemie 国際版にオンライン掲載されている。タイトルは「Lead(II) Formate in Rembrandt’s Night Watch: Detection and Distribution from the Macro- to the Micro-scale(レンブラント夜警で発見されたLead(II) Formate(ビス蟻酸塩):マクロ及びミクロスケールでみた検出と分布)」だ。
アムステルダムの国立美術館に展示されている夜警は 、2019年大調査が行われた(https://www.youtube.com/watch?v=cLH_ur6IAQ8)。このとき、比較的広い範囲の画材の成分を表面から調べるためのX線解析と、採取したサンプルをミクロレベルで調べるシンクロトロン光を用いた解析が行われ、その結果これまで古典的な絵画では見つかったことのない Lead(II) Formate(LF:ビス蟻酸塩)が検出された。
レンブラントはさまざまな画法を開発したことが知られているので、これが彼の技法なのか、あるいは絵の経年変化なのか、対策はあるのかを明らかにする必要が生まれた。特にLFは侵食や分解で検出されることが多く、この区別は重要になる。絵自体に存在するLF沈殿近くの化合物の解析、そして当時の画材を再現した実験的研究を行い、LFの形成過程を探っている。分析や反応実験の詳細を全て省いて結論を述べると、
LFはおそらく鉛ドライヤー(乾燥剤)として使ったPbOが、絵の具作成時に熱せられた油の中でできた蟻酸と反応した結果で、侵食劣化や対策を必要とする問題ではないと結論している。ひょっとしたら、LFが形成されることで、絵画の安定性が増す可能性もあることも考えられる。
ではなぜ今回初めてLFが発見されたのか?元々LFは通常のX線回折法では画材の深いレベルでの検出が難しく、また形成されたLFは深い部分に沈殿することから、シンクロトロンを用いた解析を組み合わせないと検出できないためで、当時の絵画では調べれば見つかると結論している。
ただ夜警については一度全体のニスが剥がされ、新しく塗られている歴史が記録されているので、この作業による特殊性も考える必要がある。その意味で、今後多くの絵画の同じような解析を進めることが重要になる。
以上が結果で、絵画の化学がこのように進展し、一枚でも世界の財産を守る努力が進められているのを見ると、文化遺産を平然と傷つける戦争の愚かさに怒りを覚える。
結果これまで古典的な絵画では見つかったことのないLead(II) Formate(LF:ビス蟻酸塩)が検出された。
imp.
ビス蟻酸塩!
絵画保存の妙薬か?