昨年1月、指紋の形を分解、各特徴をゲノムワイド多型と参照して、指紋を決める分子を特定するという上海の復旦大学からの論文を紹介した。なかなか面白いと思ったが、よく考えてみると、指紋形成に関わるかもしれない遺伝子多型のリストはできても、ではどのように指紋ができるのか、それぞれの分子はどう関わっているのか、結局分からずじまいで終わっている。これに対して、今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、ヒト胎児、指紋形成期の指の組織を詳しく調べるところから始め、誰もが理解し納得出来る指紋形成のメカニズムを示すのに成功している。タイトルは「The developmental basis of fingerprint pattern formation and variation(指紋形成と多様性の発生学的基盤)」で、2月9日 Cell にオンライン掲載された。
結局指紋を研究したければ、まず人間の指で調べる必要がある。指紋は胎生17週ぐらいで完成するようで、その時期の死亡胎児の指を調べると、上皮の増殖ペースの差によって凹みが生じることが指紋のメカニズムであることがわかる。従って、問題はこの増殖の差をパターンとして定着させるメカニズムになるが、指紋のできる腹側、指紋が形成されない背側の皮膚の細胞を single cell RNAsequencing で解析し、それを組織学的に当てはめることで、背腹それぞれに特徴的な遺伝子発現が存在するか、特に上皮と、それを支える間質細胞について調べている。
すると、両側とも例えば Wntシグナルにより皮膚細胞の増殖に関わるEDARの発現が調節されるといった、皮膚形成に関わる基本的な遺伝子を共通に発現しているが、背側や他の皮膚で見られる SHH の発現がないことや、間質の WNT の発現量が低いこと、そして毛根形成に見られる上皮細胞塊直下の間質凝集が見られないことを明らかにし、
1) 指紋形成が皮膚付属器官と同じメカニズムを使って、上皮の増殖スピードを変化させ皮膚の溝を作ること、
2) この上皮の増殖スピードを指先全体の皮膚で変化させるパターンを形成すること、
を介して指紋が形成されることを明らかにしている。
この時期の皮膚の増殖が TGF受容体ファミリー分子の一つ EDAR のシグナルにより調節されている事から、増殖パターンは、EDAR の発現調節によりコントロールされているが、まずこの調節がWNTシグナルにより調節されていることを示している。さらに、WNTの下流 LEF1分子は BMPシグナルで抑制されることも明らかにしている。この結果を合わせると、WNT皮膚増殖活性分子と BMP皮膚増殖阻害分子が、いわゆるチューリング波を形成し、EDAR のパターンを形成していることが示唆された。
さらに詳しく分子メカニズムを見ていくと、皮膚形成時に WNTシグナルを調節する R-spondin の発現場所が波の起点を決めていることが分かった。実際に R-spondin の発現場所だけで全ての指紋パターンが決まるかどうかはまだ研究が必要だが、チューリングはが生まれる起点を2−3箇所設定してシミュレーションを行うと、見事に様々な指紋が発生することがわかる。
結果は以上で、初めて指紋がどう形成されるのか、しっかり理解することができた。また、どうして指紋が遺伝的に似ている個人の間でも違うのかも理解できた。その上で、昨年紹介した論文と比べると、そこで示された EVI1 や NOTCH といった分子は今回のシナリオに全く登場しない。もちろん全くガセネタとは言えないが、結局そこで示された多型は間接的な相関を見ていたことに過ぎないことになる。
最後に、皮膚付属器官用に生まれたメカニズムを使って、わざわざ指紋のような役にも立たない組織をどうしてできたのかを考えると、おそらく指先に神経を集中させたり、汗腺を形成させたりといった必要の中で生まれたのではないかと思う。いずれにせよ、その進化から、長い間個人特定のために利用されてきた指紋が生まれたことは、進化の壮大さを感じる。
1)指紋形成が皮膚付属器官と同じメカニズムを使って、上皮の増殖スピードを変化させ皮膚の溝を作る。
2) この上皮の増殖スピードを指先全体の皮膚で変化させるパターンを形成する。
imp.
遺伝子とパターン形成の共演!
形態は遺伝子だけで決まらない典型例。