9月5日号のScience誌にコーヒーの全ゲノムを解読した論文が出ていた(Science 345, 1181,2014)。勿論研究の焦点は、私たちを虜にするカフェインの合成システムが進化して来たプロセスを理解することだ。カフェインはコーヒーだけでなく、カカオや、お茶の葉にも含まれているが、それぞれの植物は種としてずいぶん離れている。今回ゲノム解読により、カフェイン合成経路がお茶やカカオとは全く別々に進化して来た事がわかった。この論文を読んでわかるのだが、ゲノム解読により遺伝子に直接コードされたペプチドだけではなく、その生物により合成される分子についても推測が可能になっている事だ。私たちの身体の中で作られる分子のうち遺伝子に直接コードされているのはほんの一部だ。実際には外部から物質を取り入れ様々な化合物を合成する事で生命を維持している。コンピュータを使って代謝合成経路を再構築しどのような化合物や代謝物が生成されるかの予測が可能になると、今後様々な生物のゲノムから、有用な薬剤の存在を予測できるかもしれない。事実、アスピリンも、ペニシリンも、最近ではスタチンも最初は生物の合成物として分離された。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、この可能性をなんと私たちの身体の中に常在する細菌で調べた研究で9月11日号のCell誌に掲載された。タイトルは「A systematic analysis of biosynthetic gene clusters in human microbiome reveals a common family of antibiotics (人体の細菌叢に存在する生合成に関わる遺伝子クラスターを解析する事で共通の抗生物質ファミリー分子が明らかになる)」だ。ここでも紹介したように、肥満といった私たちの身体に影響する物質が細菌叢により分泌されている事がわかってきた。この研究では、こうした化合物を網羅的に探索しようと、ClusterFinderと呼ぶコンピューターソフトを開発し、これを用いて腸、口内、膣などの様々な部位から分離さている2430種類のゲノムを解析している。この結果、抗生物質に関わると予想できる14000種類の分子クラスターを特定し、そのうち健康人に存在する3000のクラスターについて更に詳しく検討している。この研究は常在細菌叢の合成する抗生物質を調べてみようと言うアイデアを着想し、このために新しいコンピューターソフトを開発した点で終わっている。もちろんこの3000の中に役に立つ抗生物質の合成経路はあったのかは一番重要な点だろう。しかしこの点に関してはこの論文はまだ物足りない。確かに現在抗生物質として使われている様々なタイプの生物由来化合物合成経路に対応するクラスターを特定し、現在登録されている化合物に近い分子を発見している。その中から、グラム陽性菌への殺菌作用のある新しい化合物lactocillinも発見し、この抗生物質が、正常人の膣内で分泌され、おそらく細菌叢のホメオスタシスを維持するのに役立ってそうだと言う所まで示している。アイデアは面白く、新しい分子も見つけて論文としては十分だが、では製薬会社が今後こぞって人間の細菌叢の探索に走るようには思えない。やはり焦点を役に立つ抗生物質の探索におくより、私たちの身体で日々起こっている細菌同士のせめぎ合いの秘密を理解するもっとダイナミックな研究へと発展すれば面白いのにと思った。更に今回の仕事では抗生物質だけに焦点が当たっているが、宿主との相互作用は細菌叢の役割を考える時最も重要になる。今年腸内細菌からNK細胞の表面にあるCD1に対するリガンドが分泌されてMK機能が変化する事が示された。是非更に網羅的に合成物を予測できるアルゴリズムの開発を望む。ゲノム解読の論文はほぼ毎日のように読んでいるが、今勝負の焦点はアルゴリズムの開発に移って来ている感がある。是非ゲノム数理の研究者が我が国でも育つ事を願っている。
腸内細菌からNK細胞の表面にあるCD1に対するリガンドが分泌されてMK機能が変化する事が示された
→細菌叢と宿主免疫系との一つの接点です。
是非ゲノム数理の研究者が我が国でも育つ事を願っている。
→同感です