プロの研究に触れると、勉強になるだけでなく、感動が湧いてくるし、素人とはいえさまざまな想像も掻き立てられる。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、乳酸が後期サイクリンを分解して細胞周期中期から後期過程を調節する後期促進複合体(APC)を活性化して分裂期からの離脱を促進することを示した研究で、3月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lactate regulates cell cycle by remodeling the anaphase promoting complex(乳酸は後期促進複合体を再構成することで細胞周期を調節している)」だ。
乳酸は言わずと知れたピルビン酸が還元された代謝産物で、特に運動を続けると筋肉に溜まることは誰でも知っている。また、筋肉に負荷をかけるトレーニングで筋力を増強するように、それ自体で生理活性が存在することはわかっているが、その詳しいメカニズムはほとんどわかっていない。
今日紹介する論文は、乳酸により何らかの構造変化が起こるタンパク質をリストするところから始まる。細胞内乳酸は6mMから20mMぐらいまで変化するが、乳酸濃度の低い細胞質内分子を調整、それに乳酸を加えて熱を加え、乳酸により熱への耐性が高まり、沈殿しなかった分子を回収、質量分析を行なって、乳酸により変化するタンパク質を特定している。実際には300種類程度が発見されたが、最も大きな変化を示したのがAPC複合体の一員のUBE2Cだった。
この発見を手がかりに、乳酸がAPC複合体を変化させる生化学的過程を探り、
- 乳酸は亜鉛分子をキレートして、タンパク質のSUMO修飾を除去する分子SENP1と亜鉛の結合を高め、その結果 SU MO修飾除去効果が低下する。
- SEMP1はAPC複合体の一員APC4のSUMO修飾を除去する効果があり、乳酸によりこの活性が落ちるとAPC4が安定的にSUMO修飾を受けることで、APC複合体にUBE2Cがリクルートされる。
- このAPC複合体が安定にUBE2Cと結合することで、後期サイクリンのサイクリンBやsecurinの分解が促進され、分裂期からの離脱が起こる。
たった3行でまとめてしまったが、この結果のためにさまざまな生化学方法や、NMR解析、構造モデリングなどさまざまな方法が駆使されており、本当にプロの仕事であると感動すら覚える。
そして、このシナリオを細胞生物学と結びつけるため、細胞内の乳酸濃度を変化させる生理実験を行い、乳酸が高まることで細胞分裂期の時間が短くなるだけでなく、ガン細胞のように持続的に乳酸濃度が高い場合、サイクリンBが分解されてしまって、分裂期をスキップすることを示している。この発見は乳酸濃度が高いガンでは、細胞周期後期を標的にする微小管阻害剤の効果が、後期をスキップするた低下することを意味し、極めて重要だ。
これ以外にも、筋肉トレーニングなど乳酸によるさまざまな生理変化も、同じ視点から見直すことの重要性を示している。プロの仕事はおもしろい。
この発見は乳酸濃度が高いガンでは、細胞周期後期を標的にする微小管阻害剤の効果が、後期をスキップするため低下することを意味する。
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嫌気性代謝を行うガン細胞は難敵ですね。