昨日は、ガン周囲組織の好中球の中にはガンの免疫療法を助ける集団が存在し、この集団をコントロールすることで、よりガン障害効果の高い新しいガン免疫治療を開発できる可能性を示した論文を紹介した。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、同じ好中球が回り回って膵臓ガンの代謝システムをプログラムし直すのに手を貸しているという話で、膵臓ガン特異的代謝を標的にした治療開発にも、ガン組織中の好中球の役割を理解することの重要性を示した研究で、3月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ornithine aminotransferase supports polyamine synthesis in pancreatic cancer(オルニチンアミノ転移酵素は膵臓ガンのポリアミン合成をサポートする)」だ。
このグループは、膵臓ガン特異的な代謝経路を探索し、それを治療標的にしようと研究を行ってきて、細胞増殖などに必須のポリアミン合成経路が、膵臓ガンでは、通常のアルギニンからオルニチン、ポリアミンという経路ではなく、グルタミンからオルニチン、ポリアミンという経路にプログラムし直されていること、しかもグルタミン経路を抑制しても、すぐにはアルギニン経路にスイッチできないことを突き止めていた。
すなわち、この経路を膵臓ガン特異的治療標的にできる可能性が示されたので、この研究ではアイソトープを用いた代謝実験で、オルニチンとポリアミンの一つプトレシンが、膵臓ガンだけでグルタミンから合成されることを確認し、なぜこのような代謝経路のスイッチが起こるのかを調べている。
このようなスイッチは正常の膵管上皮では見られない。そこで、膵臓ガン発生に関わる変異Rasの役割を調べると、Rasの下流で活性化される Klf6転写因子を介して、グルタミンからオルニチンを合成する酵素OATの転写が高まっていることを発見する。実際、Ras変異がない膵臓ガンではグルタミン経路へのスイッチは見られない。
しかし、変異Rasに依存するガンは数多く存在し、代謝を比べてもアルギニン経路を主に使っているので、Rasの活性化だけでは説明がつかない。そこで、膵臓ガン周囲組織でアルギニンが減っているのではないかと着想し調べると、アルギニンがガン周囲組織でほとんど存在しないことを確認する。そして、直接示してはいないが、これは白血球でアルギニン経路が高まっている結果で、このアルギニン欠乏に対応するため、膵臓ガンでグルタミン経路へのスィッチが起こると結論している。この結果を見ると、ガンと好中球の関わりがいかに複雑化を思い知るし、膵臓ガンの場合アルギニンをめぐる競争の中で新しい性質を獲得してしまったことが、膵臓ガンの超悪性化に関わっているとすら思えてくる。
ただ、治療という立場からみると、好中球のおかげで膵臓特異的で、正常組織では存在しないアキレス腱が生まれたことになる。そこで、この経路に関わるOAT1を阻害して膵臓ガンの増殖を抑えられるか試験管内や生体内の発ガン実験で確認している。また、この増殖抑制が、おそらくポリアミンの低下の結果発生するエピジェネティックな転写の再プログラムによることも示している。
以上が結果で、結局、なぜ膵臓ガンだけでガン細胞のアルギニン欠乏が起こるほどの白血球浸潤が起こるのかについてはよくわからなかった。しかし、この経路だけを標的にしてガンの根治は難しいとしても、ガン特異的な一つの標的が見つかったことは大きい。納得できない部分も多いが、膵臓ガンの基礎、臨床の両方で新しい方向が見えたような予感はする。
ガンと好中球の関わりがいかに複雑化を思い知る。
膵臓ガンの場合アルギニンをめぐる競争の中で新しい性質を獲得してしまい、膵臓ガンの超悪性化に関わっているとすら思えてくる。
imp.
改めて、腫瘍微小環境の複雑怪奇さを実感しました。