脳に腫瘍ができると、頭痛のような症状に加えてさまざまな脳機能障害が引き起こされる。例えば失語症などはよく知られた例だが、感覚や運動麻痺から生命維持システムの障害など、場所により数限りない症状が発生する。ただ、このような障害が発生する理由は、腫瘍による圧迫、腫瘍周辺の浮腫や炎症による神経障害、そして血管の遮断による細胞障害など、受身的なものと考えてきた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、グリオーマ自体が、神経ネットワークの結合性を変化させて神経異常を誘導するだけでなく、自分自身が神経ネットワークと一体化することで増殖性を高めることを明らかにした研究で、5月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Glioblastoma remodelling of human neural circuits decreases survival(グリオブラストーマによる神経回路のリモデリングにより生存期間が低下する)」だ。
グリオーマは様々な神経を変化させる分子を発現することから、おそらくグリオーマが神経回路に何らかの影響を及ぼすことは多くの人が考えていたと思う。ただ、神経回路が変化して機能が変わることを示すのは簡単ではない。
この研究では、グリオーマの手術中に皮質に設置するクラスター電極を腫瘍を覆うように設置、切除前に様々なテストを行い、その時の神経活動を記録するという離れ技でこの問題を解決している。おそらく、脳外科とガン研究者、神経研究者の連携がないと難しい研究だ。
視覚や聴覚から入ったインプットが何かを言わせる課題を手術中に行い、その時に起こる皮質の興奮から回路の結合性を調べると、腫瘍が存在する領域では高い結合性が確立している事がまず明らかになった。すなわち、ガンが浸入してきた領域ではシナプス結合が高まる。高まったからいいわけではなく、刺激性が高まった結果、腫瘍領域での言語処理力が低下していることを明らかにしている。
記録の後手術に進むが、切除された腫瘍組織で、シナプス結合性が高い領域と低い領域に分けて、遺伝子発現や single cell RNA sequencing を行い、シナプス結合性が高まるメカニズムについて解析している。この結果、通常アストロサイトが分泌してシナプス結合を高めるTSP1分子をグリオーマが強く発現する結果、浸潤領域での神経結合性が高まっていることを発見する。一方、結合性の低い領域では、TSP1分子はホスト側のアストロサイトが発現している。
実際、TSP1による神経ネットワークの再構成は、試験管内でも再現でき、神経細胞によるオルガノイド形成時に、結合性の高い領域のグリオーマを加えると、シナプス結合が高まり、オルガノイドの自然神経興奮が高まる。
最後に、結合性の高い領域のグリオーマと、低い領域のグリオーマを動物に移植する実験を行い、結合性が高い領域のグリオーマ、すなわちTSP1を高発現するグリオーマがホストの神経回路を変化させるだけでなく、再編されたホスト神経回路により自らの増殖を促進させる結果、ホストの生存は短くなる。
同じ事が人間でも起こっているかについて、脳磁図計により腫瘍組織の結合性を調べ、高い結合性を示す領域を持つ患者さんでは予後が悪く、また認知機能の低下が見られることを明らかにしている。すなわち、グリオーマで認知機能の低下がある場合は、予後が悪い可能性が高くなる。
以上が結果で、グリオーマはTSP1発現を通して脳回路に寄生し、脳回路の活性を使って自らの増殖を高めるという恐ろしい話だ。あとは、TSP1を標的にして、この悪循環を止められるか、それが次の問題になる。
グリオーマはTSP1発現を通して脳回路に寄生し、脳回路の活性を使って自らの増殖を高めるという恐ろしい話!
Imp:
Neuronと一体化するグリオーマ細胞!