PCNAはProliferating Nuclear Cell Antigenの略で、DNA合成期の細胞の核にあまねく存在することから細胞の増殖マーカーとして使われてきた。もちろんただの細胞マーカーではなく、分裂しているDNA上で様々な分子と相互作用し、DNA 合成、修復に関わることが知られている。さらに最近その詳しい詳細が明らかにされた様に、転写と複製機構が衝突するときRNAポリメラーゼIIと結合することで、複製フォークを超えた転写を継続させるのにも働いている(Fenstermaker et al, Nature 2023, https://doi.org/10.1038/s41586-023-0634 )。このように細胞増殖に必須の分子となるとガン治療の標的として研究されていると思いきや、これまでこの方向での論文をあまり見かけなかった。
今日紹介する米国ベックマン研究センターからの論文は、PCNAにはガン特異的な構造が存在し、これを標的にしてガン治療の標的を開発できることを示した研究で、8月1日 Cell Chemical Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Small molecule targeting of transcription-replication conflict for selective chemotherapy(転写と複製の衝突部位を標的としたガン特異的化学療法に用いる低分子化合物の開発)」だ。
この研究グループはおそらくPCNAを長く研究してきたのだと思う。その中で、PCNAには翻訳後の修飾によりガン特異的フォームが存在すること、そしてそれを標的にしてガン細胞の増殖を特異的に抑制する化合物AOH1160を開発していた。ただ、AOH1160は水に溶けにくく、そのまま薬剤として利用は難しいため、この研究ではAOH1160に様々な変更を加えた化合物を70種類合成し、この中から水に溶けて経口投与可能な化合物AOH1996を探し出している。
論文の前半は化学的、分子構造的解析で、AOH1966がPCNAのPIPボックスと呼ばれるポケットに入り込んで、様々なアミノ酸と相互作用することを示している。
また生化学的解析から、AOH1996はPCNAとRNAポリメラーゼの結合を安定化させるため、転写と複製が衝突したときの調整が出来なくなり、その結果DNA複製フォークが破綻させて細胞を殺すことを明らかにしている。
大事なのは効果だが、試験管内ではほぼ全てのガン細胞の増殖を抑制する一方、いくつか調べた正常細胞の増殖には影響がない。まさに理想的なのだが、ガンを移植したマウスの治療実験では思うほど効果は出ていない。すなわち、単独で生存延長効果は10%ほどで、一般的抗ガン剤のトポイソメラーゼ阻害剤に劣る。ただ、トポイソメラーゼと組みあわせると、効果は大きくなるという結果だ。
単独で効果がほとんどないのは意外だったが、作用機序はよくわかっているので、例えばPARP阻害剤などDNA修復阻害剤と組みあわせると、効果が高まるのかも知れない。ガン治療としては道は長いが、PCNA研究には面白い化合物ができたと思う。
試験管内ではほぼ全てのガン細胞の増殖を抑制する一方、いくつか調べた正常細胞の増殖には影響がない。まさに理想的!
Imp:
PCNAにも期待!