無菌マウスは一般的に太らないことが知られており、細菌叢が我々のカロリー摂取を高めてくれていることがわかる。「なに!太らされるとは許せない」と考えられるかもしれないが、太るほど食べられる様になったのは最近のことで、人間が食うや食わずの時代には、細菌のおかげで栄養が摂取できていたと言える。実際、細菌叢は植物繊維を脂肪酸に変えてくれるし、腸上皮での脂肪摂取も高めてくれることが知られている。
今日紹介するテキサス・サウスウェスタン大学と中国・浙江大学からの共同論文は、細菌叢が脂肪代謝を高めるちょっと変わった毛色の存在を示唆する研究で、8月25日号 Science に掲載された。タイトルは「The gut microbiota reprograms intestinal lipid metabolism through long noncoding RNA Snhg9(腸内細菌叢は小腸の脂肪代謝を長鎖ノンコーディングRNAのSnhg9を介してプログラムし直す)」だ。
この研究は無菌マウスと通常のマウスの象徴上皮の遺伝子発現を比べるところから始まり、細菌叢が形成されることで発現が低下する遺伝子の中で Snhg9遺伝子がトップに来ることを発見する。
Snhg9 は、翻訳される遺伝子ではなく、長鎖ノンコーディングRNAと呼ばれる機能的RNAの一群に属している。ノンコーディングRNAはDNAからタンパク質まで様々な分子と反応して多様な機能を発揮することが知られているが、この研究ではタンパク質と結合するRNAではないかと仮説を立て、Snhg9 と結合するタンパク質を探索した結果、これまで細胞分裂や、細胞死に関わることが知られており、またヒストン脱アセチル酵素SIRT1の抑制因子として知られるCCAR2分子が見つかった。
生化学的研究、および Snhag9 を過剰発現する実験から、Snhg9 が CCAR2 と結合することで、CCAR2 と SIRT1 との結合が阻害され、結果 SIRT1 の活性が上昇することを明らかにした。SIRT1 は様々な分子のエピジェネティック制御因子だが、脂肪代謝のマスター分子と言える PPARγ を抑制することが知られており、Snhag9 の発現は、SIRT1 の活性をレスキューすることから、PPARγ の発現を抑えると予想される。結果は予想通りで、Snhag9発現により PPARγ発現が抑えられることを確認している。
さらに Snhag9発現により脂肪代謝の変化が起こるか、小腸の上皮で Snhag9 を過剰発現するトランスジェニックマウスを作成し、脂肪の吸収が抑えられるとともに、高脂肪食を摂取しても体重の増加や代謝異常が起こらないことを確認している。
以上、阻害分子の阻害の阻害といったわかりにくい話だが、無菌動物では Snhag9 の発現が上昇しているために、PPARγ の機能が抑えられ、脂肪代謝が低いレベルで維持されるという話になる。逆に、細菌叢が成立すると、Snhag9発現を抑えて、PPARγ の発現が上昇するため、脂肪代謝が上昇して、太ることになる。
最後に、細菌叢による上皮の Snhg9発現抑制メカニズムを探り、ホストと細菌叢の相互作用に関わる3型自然リンパ球が IL22 や IL23 を分泌して上皮を刺激することで、Snhg9 の発現が抑えられることを示している。
以上が結果で、面白い仕組みだが、実際に人間で存在するのかを、オルガノイド培養などを用いて確認する必要があるそして、なぜ無菌条件で Snhg9 がわざわざ発現して脂肪代謝を抑えている必要があるのか、この進化的理由がわからないと、この現象を完全に理解することはできない。
1:無菌動物では Snhag9 の発現が上昇しているために、PPARγ の機能が抑えられ、脂肪代謝が低いレベルで維持される。
2:細菌叢が成立すると、Snhag9発現を抑えて、PPARγ の発現が上昇するため、脂肪代謝が上昇して太る。
Imp:
人間が食うや食わずの時代には、細菌のおかげで栄養が摂取できていた!
ヒトと細菌の不思議な共生関係!