ミトコンドリアは母方、すなわち卵子からだけ遺伝して、精子のミトコンドリアは子孫に伝わらないというのは誰もが知っている事実だが、なぜと問われると、よく理解していないことに気づく。ずいぶん昔、精子にミトコンドリアはあっても、ミトコンドリアDNAが欠損しているという論文が発表されているが、その後あまり追求されていない。逆に、ミトコンドリアがマイトファジーで破壊されるとか、今はやりの説明が行われているが、決定的ではない。
今日紹介する米国、トーマスジェファーソン大学からの論文は、2013年に提唱された精子ミトコンドリアにはミトコンドリアDNA(mtDNA)がないという説をメカニズムも合わせて支持する研究で、9月18日 Nature Genetics にオンライン掲載された。タイトルは「Molecular basis for maternal inheritance of human mitochondrial DNA(人間のミトコンドリアDNAが母親から遺伝しない分子メカニズム)」だ。
この研究ではまず単一精子のミトコンドリアDNAを調べて、ミトコンドリアDNAの量を調べると、バラツキはあるが、一個の精子あたり0.5−1ミトコンドリア程度で、実際には70個ほどのミトコンドリアがあることを考えると、ミトコンドリアあたり正常の14%しかDNAが存在しないことを確認している。
すなわち、精子のミトコンドリアは卵子に入っても、独自に分裂する能力が全く欠けている。実際ミトコンドリア維持に必要なDNA複製酵素や、転写のエロンゲーション因子などは全く見当たらないから、遺伝するはずがない。また、この欠損は、未熟な精母細胞から精細胞へと分化する間に誘導されていることもわかった。
この原因を調べていくと、核ゲノム(ヒトの場合10番染色体)に存在し、ミトコンドリア内での転写を調節するTFAM分子が精母細胞への分化の過程で、ミトコンドリア内に移行できなくなっていることを発見する。TFAMはミトコンドリアの核になる蛋白質なので、これがミトコンドリアにないと、ミトコンドリアの複製は望めない。
TFAMがミトコンドリアに移行できない原因をさらに探ると、転写後のRNAを短くするスプライシング過程で精子では5‘端が長いRNAができ、普通とは異なるN末端側に長い配列を持っているTFAMが精子だけで合成されていること、そしてこの長い部分のセリン配列のリン酸化により、ミトコンドリアの移行が積極的にブロックされていることを明らかにした。
この最後のメカニズムの分子基盤は完全に示されていないが、以上の結果は精子形成時にのTFAMのスプライシングを変化させてTFAMが翻訳後リン酸化されるように仕向けることで、ミトコンドリアへの移行を阻むメカニズムが進化していることがわかる。
以上が結果で、今回初めてミトコンドリアの母方遺伝の理由を納得した。勿論全ての生物がこの方法を用いているかはわからない。今後他の動物と比較していくことで、ミトコンドリア母方遺伝の始まりも理解できるようになると思う。
精子形成時にのTFAMのスプライシングを変化させてTFAMが翻訳後リン酸化されるように仕向けることで、ミトコンドリアへの移行を阻むメカニズムが進化している.
Imp:
ミトコンドリア母系遺伝のメカニズム。
ヒトが、この遺伝形態を選んだ訳までわかると面白い!
精子からミトコンドリアが入らないのが意図的にプログラムされているようなシステムは、大変驚きです。
単に量的な問題だと思っていました。
私も同じように思っていました。