患者さんのT細胞にガンが発現する抗原に対するキメラT細胞受容体を導入したあと、もう一度患者さんに戻してガンを傷害する CAR-T治療は、一般にも広く知られるようになってきている。抗原反応性からキラー活性まで、全てデザインできているように思えるし、事実高い効果も示されているのだが、体内で CAR-T の維持ができないケースが多く見られるという重大な問題がある。
これは CAR-T がガンを殺すキラーエフェクターTe を多く含み、持続に必要な記憶細胞Tm が少ないからで、このバランスをデザインできると、CAR-T治療をより確実に出来る。今日紹介するスイス・ローザンヌ大学からの論文は、CAR-T の Te と Tm のバランスを DDH阻害剤で Tm にシフトできることを示した、おそらく臨床的には重要な研究で、9月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Reductive carboxylation epigenetically instructs T cell differentiation(還元的カルボキシレーションがエピジェネティックにT細胞の分化を指令する)」だ。
タイトルにある IDH は isocitrate dehydrogenase で、isocitrate を αKetoglutarate(αKG) へと2段階で変換する酵素で、この変異により αKG から出来る hydroxyglutarate がエピジェネティックに発ガンを誘導することは、グリオーマ研究の焦点になっている。
この研究では、Te と Tm のグルタミン代謝の方向性をアイソトープラベルしたグルタミンを用いて調べ、Te では酸化的カルボキシレーション(OC)と還元的カルボキシレーション(RC)平衡しているが、Tm では RC がほとんど起こっていないことを発見する。さらに、この差を決めているのが Te が抗原刺激されるとすぐに誘導される IDH2 の作用によることを明らかにする。すなわち、IDH2 が発現することで OC と RC のバランスが取れることが Te への分化をロックしている可能性が示唆された。
そこで、CAR-T 作成時に IDH2阻害剤で処理すると、Tm 優性の細胞へと分化し、実験モデルではあるがCAR-T の効果が一段と高まり、これまで完全除去が難しかった実験系でもガンを完全に除去することがわかった。
IDH2 を試験管内で処理するだけで CAR-T の効果をこれほど高めることが出来ることを示したのがこの研究のハイライトで、今後の CAR-T 利用を後押しする可能性が高い。
後は、IDH2阻害剤が Tm への分化を誘導するメカニズムを調べている。これまでの IDH研究から想像されるように、IDH2 はT細胞のエピジェネティック制御を Tm方へと変化させるが、これは IDH2阻害により RC抑制型の代謝に変化し、TCAサイクルの代謝物が上昇、これによりヒストン修飾が Tm型にシフトしていることを示しているが、詳細は省く。
重要なことは、IDH2 を抑制しても、TCA サイクルは正常に維持され、細胞の増殖や活性化に全く影響のないことで、代謝物の違いで分化の方向性だけが変化する点だ。
結果は以上で、代謝経路の詳細と、それぞれの代謝物とエピジェネティック制御の詳細は複雑だが、臨床的には大変重要な発見だと思う。CAR-T のみならず、キラー細胞を試験管内で調整する場合は IDH2阻害剤を使用するのがスタンダードになるような気がする。
CAR-TのTeとTmのバランスをDDH阻害剤でTmにシフトできることを示した、おそらく臨床的には重要な研究だ!
imp.
メモリーを増やす方法発見!
T細胞だけでなく、マクロファージなども加工すると良いかも?
CAR-Tの場合はマクロファージは直接関わりませんが、固形ガンの場合CAR-Tの浸潤を防ぐ場合はリプログラムが必要です。