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11月15日 真核生物の染色体を全てデザインされた染色体で置き換えられるか(11月8日 Cell オンライン掲載論文)

2023年11月15日
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PCR を使い始めた頃は、自分たちでプライマーを合成しており、これに最もお金がかかった。その時も将来技術が進み、また利用が増えることでコストは下がると予想していたが、コロナ禍で見たように全国民が PCR 検査を受ける時代が来るとは予想も出来なかった。この技術革新の結果、長い DNA 配列を比較的安価に合成することが可能になり、DNA 合成機で作成したゲノムを持つ生物を合成する「酵母合成プロジェクト」が始まった。

驚くことに、既に酵母の全ての染色体は合成機由来の DNA で作られ、酵母の中で維持されており、現在は合成染色体で本来の染色体を置き換える作業が進んでおり、50%のゲノムが置き換わった酵母が出来たことを示す論文が11月8日 Cell にオンライン掲載されている。

酵母合成プロジェクトは、38億年の進化で形成された酵母本来のゲノムを合成機で作られたゲノムに置き換えるプロジェクトだが、今日紹介するのはこの論文ではなく、同じコンソーシアムがさらに未来を見据えて、現存の生物には存在しない全く人工的なゲノム(ここでは tRNA だけで出来たゲノム)を合成し、それを生きた酵母内で維持できるかにチャレンジした研究で、同じ Cell にオンライン掲載されている。タイトルは「 Design, construction, and functional characterization of a tRNA neochromosome in yeast(酵母の tRNA だけで出来た新しい染色体のデザイン、合成、そして機能的検討)」だ。

酵母は275個の tRNA遺伝子を持っているが、この研究ではこの全てを集めた一つの染色体を DNA合成機で作成し、酵母の中で機能させようとしている。もともと tRNA は重複して存在していることから、発現量が増えることによる問題が少ないと考えられ、tRNA からだけでできた染色体を作るというのはよく考えられたプロジェクトだ。といっても、素人の私が考えても様々な問題がある。例えばホストとの組み換えをどう抑えるのか、複製のための Ori をどう配置するか、テロメアはどうするのか、最終的にリニアな染色体にどうするのかなどだが、専門家から見るとさらに様々な問題が存在する。

詳細は省くが、まず設計段階で考えられる問題を解決できるようデザインしたうえで、設計した染色体の断片を酵母の中で組み立てるための仕掛け、そして将来遺伝子改変が行いやすいように工夫を凝らした染色体を設計し、それをいくつかの部分に分け合成機で合成している。

次に酵母の中で組み換えを繰り返しプレハブを合成するように順番にユニットを組み立て、最終的に182Kbの275種類の tRNA とセントロメアやテロメアを含む、しかし環状の染色体を持つ酵母が出来た。

まず出てきた問題は、新たに tRNA の遺伝子量が倍になったため、tRNA と他の遺伝子とのバランスが壊れてしまうことで、酵母は他の染色体を倍加させてこれに対応し、なんとか新しい染色体を保持し、分裂をする酵母へと適応が起こっている。すなわち、酵母はこれだけの人工物を受け入れるだけの許容力を持っている。

その結果、テロメアの間で染色体を切断して、環状からリニアな染色体へと転換させても増殖能は落ちるが、酵母はそれに対応して分裂を続ける。また、新しい染色体の tRNA も全て、本来の染色体上の tRNA と同じように転写される。そしてヌクレオソーム形成、ori からはじまる DNA合成もほぼ正常に起こることがわかる。そして、核内で他の染色体とともに、正常な3次元構造をとっていることも確かめている。

それでも合成染色体を有する酵母は増殖が遅く、選択培地から移すとすぐに合成染色体は失われるので、まだまだ正常と言うよりお荷物を背負っていることも確かだ。この原因はおそらく、分裂時の染色体の分離がうまくいかないためではないかと考えられ、今後この点の検討が行われていくと思う。

以上が結果で、簡単に紹介するのが惜しいぐらい、大変な研究だと思う。そして、DNA合成機由来のしかも全く人工的デザインの染色体を持つ酵母ができあがったことは興奮する。人工知能もそうだが、人工に変えてみることでわかることは無限に存在するので期待できる。

最後に、日本の酵母研究は京大の柳田さんや、東大の山本さんなど世界をリードしてきた。しかし、今回発表された2編の論文には、世界各国の参加があるにもかかわらず日本人の参加がないのは少し心配だ。ここにも我が国科学行政の問題が露呈している気がする。

追記;このコンソーシアムには日本からも東工大相澤さんが参加していることを指摘頂きました。文科省が出口ばかりを強調して、このような研究の助成が減っているのかと心配しました。

  1. okazaki yoshihisa より:

    11

    1:酵母はこれだけの人工物を受け入れるだけの許容力を持っている。
    2:DNA合成機由来のしかも全く人工的デザインの染色体を持つ酵母ができあがった.
    Imp:
    細胞遺伝子療法の発展版への期待が膨らむ知らせ。
    鳥取大学発の人工染色体技術にも注目!

    1. nishikawa より:

      安心しました。文科省が出口ばかりを強調して、日本での研究が支援されていないのではと心配しました。訂正しておきます。

  2. ho より:

    いつも興味深く拝見しております。

    >しかし、今回発表された2編の論文には、世界各国の参加があるにもかかわらず日本人の参加がない
    本コンソーシアムには日本から東工大の相澤研が参加されており、Molecular Cell誌の方の論文ではCorresponding Authorになっていますので、誤解されているように思います。
    なお、相澤研は酵母染色体のうち長い染色体の合成を行っていますので、貢献度も高いように思います。
    https://www.cell.com/molecular-cell/fulltext/S1097-2765(23)00852-3

  3. Yasunori Aizawa より:

    気づいていただきありがとうございます。しかし、お察しの通り、この手の研究に重要性を当時賛同してくれた日本の研究者はほぼ皆無で、正面切ってこのテーマでグラントは取れませんでした。

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