乳ガンの増殖や転移を局所に起こる炎症が促進することが知られている。特に乳ガンの多くが、CCL2と呼ばれる炎症細胞を惹きつけるケモカインを分泌することが知られており、これが転移の多い原因ではないかと疑われている。この結果に基づいてCCL2に対する抗体治療が計画され、恐らくは治験にまで進んでいるのではと思われる。動物実験では、抗CCL2抗体が転移を抑制し、また血中に流れる乳ガン細胞を減らすことがわかっている。しかしこれはガンの周りを見たときの話で、体全体を見渡すとき違ったシナリオが見えてくることを示したのが今日紹介するバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文で11月6日号のNature に掲載された。タイトルは「Cessation of CCL2 inhibition accelerates breast cancer metastasis by promoting angiogenesis(CCL2抑制を中止すると血管新生が増強し乳ガン転移を促進する)」だ。研究の質としてはそれほどでもないが、意外性、緊急性の点から受理されたのだろう。このグループはおそらくCCL2抑制がどのように乳ガンの血中転移を抑えるかを調べていたのだろう。この研究を進めるうちに、抗体投与を2週間続けた後止めたマウスは、抗体投与を全く受けなかったマウスより予後が悪いことに気がついた。調べてみると、CCL2抑制中はガンの周りの炎症を止め、転移や血中ガン細胞を抑制する。ところが24日目の結果を見ると、抗体を投与をした後中途で止めたマウスの方が死亡率も高く、ガンの周りの炎症増強している。さらに、転移場所でも炎症が強く、その結果血管新生が増強して、ガンの増殖が促進している。CCL2は顔の周りへの細胞浸潤も抑制するが、骨髄からの血液のリクルートも抑制することがわかっている。ひょっとしたら抗CCL2抗体で骨髄に溜まっていた血液がどっと末梢に出てくるからではないかと考え、マクロファージの増殖を抑制すると、今度は血液の浸潤、血管新生、転移が抑制される。この結果から、CCL2自体は白血球の動きだけを変化させるので、抗体を投与しているうちはガンの近くの炎症が治まり効果があるように思えるが、抗体を止めたとたん、今度はより多くの炎症細胞がガンに惹きつけられ、何もしないより予後が悪くなる、というシナリオが考えられた。これを確認する意味で、炎症自体を抑える抗IL-6抗体や、血管新生を抑える抗VEGF抗体を抗CCL2に続いて投与しておくと、増悪を止めることができる。結果はこれだけで、実験自体は特に目新しいことはないが、おそらく臨床応用まじかということで、掲載されたのだろう。しかし、本当にガン治療は難しいということを思い知らされる論文だ。木を見て森を見ずという警句は誰でもが知っている。しかし、全体に気をくばることは本当に難しい。