このホームページでも紹介したと思うが、長年働き続ける血液幹細胞には突然変異が積み重なっていることが知られている。しかし、明らかに白血病につながる突然変異がどの程度の正常人の血液に起こってくるのかについて詳しく調べられたことはなかった。今日紹介するワシントン大学からの論文はこの問題をなかなかうまいやりかたで調べた研究で、Nature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは、「Age-related mutations associated with clonal hematopietic expansion and malignancies (年齢と相関して起こる、血液細胞の増殖や悪性化に関連する突然変異)」だ。私がうまいやりかたと言ったのは、この研究で使った血液ゲノムデータのことだ。現在がんのエクソーム解析を系統的に進めるThe Cancer Genome Atlasというプロジェクトが世界中の多くの研究室が参加して進んでいる。この時がんのゲノムと比べる正常組織としてもっとも普通に使われるのが血液細胞で、がん患者さんのデータベースにはガンのエクソームとともに血液細胞のエクソーム解析が公開されている。がんの患者さんの血液とはいっても、血液に悪性細胞がないことが臨床的に確認されている。従って正常に見える細胞にどのような変異が起こっているのか調べるには格好の材料だ。この研究では、公開データベースからなんと2700人を超す人の血液ゲノムを手に入れることができており、まさに着眼点が全ての仕事と言っていいだろう。とは言え白血病の発症と老化を考えるヒントになる重要な結果が示されており、私にとっては大いに勉強になった。まず、臨床的に白血病になる前から、血液には多くの突然変異が蓄積しており、その中には白血病の原因として特定されているのと同じ突然変異が見つかる。驚くべきことに、このような変異は調べた中の2%の人で見つかり、変異が見つかった人では、血液細胞のかなり部分が同じ変異を持っている(場合によっては半分以上の血液が同じ変異を持っていることまで示されている)。おそらく、これらの変異によってより幹細胞の増殖力が高まり、正常細胞を押しのけて勢力を広げている段階だと言える。また、このような白血病と同じ変異を持っている確率は高齢になるに従って高まり、70歳以上ではなんと5−6%の人の血液に白血病の原因になる変異が見つかる。従って、白血病が発症する前から、かなりの人がその予備軍として変異を持っていることを示している。私自身がとりわけ感心したのは、白血病発症以前に見つかる遺伝子変異がこれまで特定されたに白血病の原因遺伝子にランダムに分布しているのではなく、その8割以上が限られた遺伝子に集中していること、及びこれらの遺伝子のほとんどがJAK2を除いて、遺伝子発現の調節、特にエピジェネティックな機能に関わる分子をコードしている点だ。これが正しいとすると、白血病が発症するためには、ただランダムに変異が積み重なってもダメで、まず染色体構造を変化させる変異が起こり、増殖能が少し高まって少しづつ正常クローンを駆逐していく中で、2次的な他の突然変異が付け加わって白血病に至ると想像される。この研究で2次的とされ、白血病発症以前の血液には全く見つけることができない変異の中には、私自身が絶対白血病のドライバー変異だろうと思っていたFlt3,Wnt1, n-rasなどのシグナル分子が存在しているのも驚きだ。専門的なので割愛するが、リストされた遺伝子変異は専門家から見ると実に興味深い。今後このようなケースから白血病が発症するまで追跡が行われれば私たちの白血病に対する理解は一段と深まると思う。そして今後ゲノム検査が当たり前になれば、おそらく発ガンリスクの判定にこのようなエクソーム検査が使われるようになるだろう。血液を研究してきた者にとっては学ぶところの多い論文だった。しかし、もし血液細胞にこれほど変異が多いとすると、がんのエクソーム検査に簡単に血液を使うのも気をつけたほうがいいと警告も発している。国際コンソーシアムも、この点についてはぜひ早急に対応策を示してほしいと思う。この研究はゲノム時代に本当に必要なのは問題設定と、情報処理であることを示す典型だ。我が国にもデータベースサーフィンから従来型の研究者を驚かせる若いインフォーマティシアンが出現するのを期待する。
伸先生、去年から色々な難病について説明して、ニュースを更新してくれることが何回もありがたいです。私はこのサイトから病気の背景について、その上、病気の昔から現在までの研究成果をよく勉強しました。読みやすい日本語を使ったので、私(日本語は母語じゃない人)までも理解できました、ありがとうございました!幅広い読者を育成出来るようになるはずです。今回白血病について話は本当にいいニュースですね。(Sorry for my bad Japanese)
読んでもらって嬉しいです。しかし私の日本語より素晴らしい文章です。