人間もそうだが、鳥を含むいくつかの種は vocal learning(発声学習)能力が備わっている。すなわち、親の声を学習して自分も同じように発声する能力で、複雑な音をベースにした言語の必須条件になる。面白いことに、吠えサルも含めてサルは発声学習がないとされているようで、鳴き声を出せても、それを親から習うかどうかが問題になる。
今日、紹介する論文は、発声学習が確認されている哺乳動物での遺伝子進化速度から発声学習進化に関わる分子を特定しようとした研究で、3月29日号 Science に掲載された。タイトルは「Vocal learning–associated convergent evolution in mammalian proteins and regulatory elements(哺乳動物のタンパク質と遺伝子調節領域の発声学習と連関した収斂進化)」だ。
哺乳動物の進化で発声学習は独立に数度起こっている。サルから人間への進化、コウモリの進化、イルカの進化、そしてアシカなど鰭脚類の進化だ。このように独立して一つの形質が進化するとき、同じような遺伝子が収斂的進化することが知られている。この研究では、タンパク質に翻訳される遺伝子のなかで、発声学習の進化にリンクして進化速度が変化したタンパク質を200近く特定している。また、同じようにリンクした遺伝子発現調節領域も50近くリストしている。
ただ、すべての種の発声学習進化に共通に関わると特定できるタンパク質は5種類にとどまっている。しかし、それでもかなり重要な発見だ。これに対し、遺伝子発現領域の進化を見ると33/50が3種類の発声学習進化で共通に変化していることを突き止めている。
次にこれらの遺伝子の機能を理解するため、まずコウモリを用いて発声学習の神経科学的条件を確認している。これまで、発声学習が可能になるためには、喉頭部への脳神経の中継シナプスを介さない直接支配が必要とされてきた。これをコウモリで調べると、運動野の第5層興奮神経が長いアクソンを伸ばして喉頭の筋肉を支配することを確認し、運動野からの喉頭直接支配が発声学習の条件であることを確認している。
後は、この神経細胞で発現する遺伝子と、発声学習進化とリンクして変化した遺伝子の発現を連関させ、運動神経細胞が長いアクソンを直接投射する過程に関わったと思われるいくつかの遺伝子をリストしている。もちろん、発現や収斂進化だけでこれらの遺伝子変化が発声学習進化に関わったと結論はできない。また、発声学習進化の種に共通性がないとして除外した分子も、この進化に関わらなかったと結論できるわけではない。
論文全体を見ていくと、多くの遺伝子がそれぞれの種で変化することがまず発声学習の可能性を準備し、その中でいくつかの遺伝子事態の変化と、遺伝子発現調節の変化が大きなきっかけとなって、最終的に発声学習が可能になったと考えられる。
このような変化の仕方は、まさに自閉症スペクトラムで、多くの遺伝子が性格的な条件を準備する中で、キーとなる変異が発症を後押しするのとよく似ている。実際、今回特定された遺伝子の中のいくつかは、自閉症発症との関わりが示されている。自閉症スペクトラムが喉頭の解剖学的変化とはいえないので、おそらく発声学習を必要とする脳の条件の一部が自閉症の発症に関わると考えられる。例えば、社会性がないと発声学習は可能にならないといった感じだ。その意味で、喉頭神経支配を超える面白さが発声学習進化に存在することは間違いない。
実際の結果より、想像力がかき立てられる研究だが、遺伝子発現調節領域の解析にAIを使うなど、データ処理技術を駆使した新しいタイプの進化研究といえる。
コウモリで調べると、運動野の第5層興奮神経が長いアクソンを伸ばして喉頭の筋肉を支配することを確認し、運動野からの喉頭直接支配が発声学習の条件であることを確認している。
Imp:
発生には喉頭筋肉と脳の連携進化が必要!