IgA 腎症は腎炎の中でも最も頻度の高く、しかも3−4割の人が腎不全におちいる恐ろしい病気だとされてきた。実際、2016年版の Nature Review Disease Primer に掲載された IgA 腎症のレビューを読むと、明確な治療法がないことが言明されている。しかし2023年版では、2021年に発表された KDIGO ガイドラインに従って保存治療をつづけることで、免疫抑制のような強い治療を行わなくともマネージできることが高らかにうたわれている。この大きな変化をもたらせたのが、糖尿病薬として開発された SGLT2 阻害剤と ACE 阻害剤・受容体阻害剤の組み合わせが病気の進行を大きく遅らせることがわかったからで、おそらくこの分野の最大の発見だと思う。
とはいえ、この病気のメカニズムをしっかり把握して原因に対する治療法開発を目指すことは重要だ。今日紹介するパリ大学からの論文は、腸内細菌の一つ A.muciniphila が腸内で IgA 免疫反応を刺激するとともに、分泌された IgA の糖修飾を除去することで、IgA 腎症の発症に関わることを示した研究で、3月27日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「The gut microbiota posttranslationally modifies IgA1 in autoimmune glomerulonephritis(自己免疫性糸球体腎炎では腸内細菌叢が IgA1 を翻訳後に変化させている)」だ。
IgA 腎症では糖鎖修飾異常 IgA と、それに対する自己抗体が糸球体のメサンギウムに沈着することが主原因とされている。従って、自己抗原となる糖鎖修飾異常 IgA の産生経路を特定することが研究の焦点になる。
IgA 産生は腸管で刺激されることで誘導される部分が大きいので、このグループは細菌叢によって IgA の糖鎖修飾が変化させられるのではと考え、まず IgA 腎症とそうでない人の腸内細菌叢の変化を調べた。あまり大きな変化は見られなかったのだが、それでも粘液の分解に関わる、すなわち糖鎖を変化させる細菌 Akkermansia muciniphila(Am) が上昇していることに注目し、研究を進めている。
まず、Am と IgA を共培養すると、期待通り IgA の糖鎖修飾が除去される。さらに、腸内での IgA 産生もAm により増強される。すなわち、IgA 腎症を誘導する IgA は腸内で Am などの粘液分解菌が誘導している可能性が示された。
しかし、いったん腸管へ分泌された IgA は体内へ戻れるのか。FITC ラベルした IgA をマウスに飲ませると、4時間ぐらいで血中に現れる。さらに、Am が存在すると、再吸収率が上昇する。このルートをたどると、腸の上皮の小胞輸送を利用して体内に再吸収されていることが明らかになった。
以上の結果は、Am が IgA 腎症の自己抗原形成と体内への取り込みを誘導していることを示している。では、これが引き金となって IgA 腎症は発症するのか。これを調べるために、ヒト IgA がノックインされ、IgA 結合 CD89 遺伝子が導入され IgA 腎症の発症が誘導されやすいマウスで Am の機能を調べると、Am の腸内の存在が IgA 腎症発症に必須であることを示している。
また患者さんの血清中に、Am で糖鎖修飾を変化させられた IgA に対する自己抗体があることも確認している。
最後に、IgA 腎症のゲノム解析で明らかになっているリスク遺伝子の一つ defensinはAm の増殖を抑える防御因子であることも示している。
以上が結果で、Am だけでなく、粘液分解細菌が IgA 腎症の最初の引き金を引く可能性が強く示唆された面白い論文だ。とすると、今後 IgA 腎症予防の手立ても開発できるかもしれない。
1:AmがIgA腎症の自己抗原形成と体内への取り込みを誘導していることを示している。
2:Amの腸内の存在がIgA腎症発症に必須であることを示している。
Imp:
粘液分解細菌がIgA腎症の引き金の可能性があるとは?