昨年の8月にも YouTube 配信で解説したが、大量の分子発現データを組織上で集める新しい組織学が急速に進んでいる。元々病理学組織には大量の情報が存在しており、情報の重要な部分は形態自体に内在している。従って、細胞を組織から分離する single cell RNA sequencing では明確にできない情報が組織学から得ることができる。すなわち、組織という場で多くの情報を統合する研究が重要になる。そこで、今日から3日間、新しい組織学研究を紹介する。
最初のハーバード大学からの研究は MERFISH と呼ばれる方法で940種類の RNA 発現を組織上で一度に調べる方法を用いて硫酸デキストランにより誘発されるマウス腸炎の発生および回復過程を調べた研究で、4月11日号 Cell に掲載された。タイトルは「Charting the cellular biogeography in colitis reveals fibroblast trajectories and coordinated spatial remodeling(腸炎の細胞のバイオ地理学図譜により線維芽細胞の変化と協調的構造変化が明らかになった)」だ。
この研究で使われた MERFISH は、一つの RNA を検出するオリゴプローブに2種類のユニークな読み取り配列が結合されており、組織上の RNA とハイブリダイゼーションした後、今度は読み取り配列に反応する蛍光ラベルプローブ(この研究の場合72種類の異なる読み取り配列を用いている)によるハイブリダイゼーションを繰り返すことで、特定の RNA の場所が決められるようになっている。もちろんこれには正確にプローブの場所を記録するイメージングシステムが重要になる。同じ目的で、プローブに結合したバーコードの配列を読み取る方法も開発されているが、1000個近いプローブを用いることができるなら、MERFISH のほうがまず普及しそうな感じがする。
この研究から生み出されるデータは当然膨大で、これを形態と統合して解析したり、あるいはわかりやすく可視化するソフトウェアの開発と一体化している。マウスの腸炎は硫酸デキストランで上皮構造を壊して起こる細菌感染から始まるが、この過程を回復まで21日間にわたって追いかけている。
Single cell RNA sequencing と比べると、新しい遺伝子が見つかるということはない。ただ、腸管に存在し、炎症過程で現れるほぼすべての細胞を完全に特定できる。上皮、免疫細胞、そして線維芽細胞それぞれ、正常時の種類に加え、炎症で特異的に変化した細胞が何種類も新しくできてくる。そして、こうして特定した細胞の組織上の分布を瞬時に組織上にディスプレーできる。
この結果、元々腸管では上皮や筋肉、あるいは神経細胞層が、異なる線維芽細胞と相互作用して形成されていることがわかる。さらに、細胞間相互作用に関わる分子セットと、それを発現する細胞セットの組織上の位置を統合し、例えば幹細胞ニッチと上皮との関係を維持に関わる Wnt シグナルの勾配などを知ることができる。
そして、炎症が起こると、新しいタイプの線維芽細胞が誘導され(この誘導シグナルについては特定できていない)、それぞれの線維芽細胞にリードされて、腸上皮の再編とともに、炎症細胞のリクルートが起こることがわかる。中でも面白いのが、IL11 などを介する異なる線維芽細胞同士の相互作用で、これにより炎症と修復の境界が形成されたりする。
さらにそれぞれの炎症性線維芽細胞種の起源を調べると、腸のクリプトで幹細胞維持に関わっていた線維芽細胞が上皮や血管の再構成を主導し、また白血球を上皮領域にリクルートする線維芽細胞は、正常状態ではクリプトの先端に存在する線維芽細胞が分化してきたこともわかる。
詳細は覚えきれるものではないので、結果は一種の辞典ができたと考えればいい。重要なのは遺伝子発現と形態が統合されることで、時間的ファクターもその中に含まれ、空間と時間が統合されたデータが現れることだ。
もちろん、炎症、回復過程での線維芽細胞間相互作用を IL11 は変化させ、損傷に応じて異なる効果を示すことなど、新しい介入方法も生まれているので、極めて重要なデータだと思う。これらの方法は、私が引退した頃に急速に開発が進んだが、10年を経てそろそろ実装期に入ったいるようだ。
1:遺伝子発現と形態が統合されることで、時間的ファクターもその中に含まれ、空間と時間が統合されたデータが現れる。
2:炎症、回復過程での線維芽細胞間相互作用を IL11 は変化させ、損傷に応じて異なる効果を示す。
Imp:
時空間情報まで統合されると、サイトカインの文脈・時空間依存的作用まで明らかになるんですね。
今後の展開が楽しみ。