論文の中には「え。ほんと?」と思う一種のキワモノ論文がある。特に、特定の概念が流行しているとき、その概念が思いもかけない方向へ進みうることを示す論文がそうだ。少し抽象的になったが、今日紹介するテキサスMDアンダーソン病院からの論文は、エクソゾームと呼ばれる細胞から分泌される小胞についての研究で、11月10日号のCancer Cell誌に掲載された。タイトルは、「Cancer exosomes perform cell-independent microRNA biogenesis and promote tumorigenesis (ガン細胞が分泌するエクソゾーム内ではマイクロRNAが生成されガンを促進する)」だ。細胞内には小胞体、リソゾーム、エンドゾームなど様々な小胞が存在しており、それぞれの小胞に分子を分配し閉じ込めることで、分解や分泌が行われる。これは細胞学の中でも最も重要な分野で、ここで簡単に紹介するのは不可能だ。細胞内には機能の異なる多くの小胞体が存在すると思っておいてほしい。さてこの小胞の中に、さらに小胞の入った多胞体と呼ばれる比較的大きな小胞体が存在するが、この多胞体の中にある小さな細胞膜で囲まれた袋が細胞外に分泌されたものをエクソゾームと呼ぶ。エクソゾームは細胞膜で囲まれていることから、他の細胞に融合し、中の分子をその細胞に送り込む可能性がある。実際、狂牛病やアルツハイマー病で異常タンパクを他の細胞へと伝搬するのに一役買っていることが明らかになってから、エクソゾームは急に注目されるようになった。このようにエクソゾームには様々なタンパク質、あるいは核酸が含まれており、これを細胞間のコミュニケーションの積極的は方法として位置づけることが流行っている。最近になって、ガン細胞が、RNAの翻訳を抑制することのできるマイクロRNAを送り込んで自分の周りの細胞を変化させる手段となっていることを示す論文が発表され、さらにこの分野が賑やかになってきた。この仕事もこの延長にあるが、これまでの研究の集大成的な位置にあるように思う。この研究を一言でまとめると、少なくとも乳ガン細胞から分泌されるエクソゾームには、マイクロRNAをプロセスし、標的RNAに結合させ、その標的を破壊する全ての酵素系が、マイクロRNAと共に濃縮されており、このエクソゾームを取り込んでしまった乳腺上皮細胞の多くの分子の発現が抑制される。その結果、正常乳腺細胞株のガン化が促進されるという結果だ。論文のポイントとしては、1)初めてエクソゾーム内でマイクロRNAがプロセスされ、活性のある成熟型へと転換されること、2)これら分子のエクソゾームへの濃縮はCD43分子を介する能動的過程であること、3)血中に流れるエクソゾームにがん化自体を促進する活性があること、4)実際の乳ガン患者さんの血液中にも活性のあるエクソゾームが見つかることなど、従来のガンのエクソゾームの研究をさらに進展させたものになっている。特に、患者さんの血中エクソゾームが、まだガン化はしていない乳腺細胞株(長期に培養されているので完全に正常とは言えないだろうが)のがん化を促進するという点は重大だと思う。しかし、この結果をガンが、ガンを誘発するという簡単な話として捉えると間違うことになる。マイクロRNAが送り込まれて細胞の増殖プログラムが変わったとしても、遺伝子変化は起こらない。すなわち、実際にはガンがガンを誘発するわけではない。もしこのようなメカニズムが乳ガンに関わっているなら、おそらくそれは初期段階の話だろう。正常上皮の中の一個のガン細胞が、自分の足かせとなる周りの上皮細胞を変化させるには優れたメカニズムになるはずだ。いずれにせよ、ガンのエクソゾームはさらに流行りの分野になるような予感がする。
1:乳ガン細胞から分泌されるエクソゾームには、マイクロRNAをプロセスし、標的RNAに結合させ、その標的を破壊する全ての酵素系が、マイクロRNAと共に濃縮されている。
2:このエクソゾームを取り込んでしまった正常乳腺上皮細胞の多くの分子の発現が抑制される。
結果、正常乳腺細胞株のガン化が促進される。
不思議な現象です。