まず次のウェッブサイトをクリックして、掲載されているナショナルジオグラフィックの写真を見てほしい(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2317/)。小さなコウモリの鼻が白く変色しているのがわかると思う。これが北米で猛威を振るう真菌感染症 White nose syndrome で、種によっては95%も個体数が減少して、絶滅が心配されるほど深刻で、しかも現在もなお解決の手がかりがない。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、White nose syndrome の原因菌 Pseudogymnoascus destructans(PD)がケラチノサイトに感染し増殖する際の細胞学的、生化学的過程を解析した研究で、少しずつではあってもこの病気の理解が進展しているのがわかる。7月12日 Science に掲載された。タイトルは「Pathogenic strategies of Pseudogymnoascus destructans during torpor and arousal of hibernating bats(コウモリの冬眠中及び覚醒中のPseudogymnoascus destructansの病理的戦略)」だ。
ケラチノサイトに感染して増殖する真菌と言えば水虫を思い出すが、白癬菌は細胞内に侵入せず、角質で増殖する。しかし、PD はコウモリに感染すると、ケラチノサイト内に潜り込むことがわかっている。この研究ではまず、感染初期のコウモリを電子顕微鏡で調べ、菌糸や胞子が細胞内に潜り込めることを確認している。
この研究のハイライトは、冬眠中と覚醒中の PD 感染を再現するために、コウモリのケラチノサイトをパピローマウイルスで不死化した細胞株を作成し、この細胞株が37℃でも、冬眠中の12℃でも培養で維持できるようにしたことで、冬眠を再現できる細胞株ができたことになる。これを用いて PD の細胞内への感染と増殖のメカニズムを研究できるようになった。
この系では胞子も菌糸も細胞内に侵入できる。重要なことは、侵入後も細胞側にほとんど変化がないことで、PD に細胞死を抑えるメカニズムが備わっており、これによって細胞内で発芽や増殖が進むと考えられる。
まず菌糸は12℃で自ら細胞内へ侵入し、これには細胞側の細胞骨格変化などは必要がない。ところが37℃になると、胞子も菌糸も細胞側の飲食作用(エンドサイトーシス)により細胞内に取り込まれる。低温で活動的になる PD のライフサイクルを考えると、高温をじっと耐えている胞子がケラチノサイトに取り込まれ、冬眠が始まり低温になると発芽、そして増殖が始まり、菌糸は自ら伝搬する能力があるので、細胞が寝ている間も、感染細胞を拡大する。さらに低温冬眠中では免疫機能がほとんど作用せず、菌糸増大を止められないという恐ろしい姿が明らかになった。
さらに、37℃で取り込まれた胞子は、DHNメラニンを分泌して、エンドゾームが酸性になり分解酵素が働くのを抑えることで、覚醒中の細胞内でも自らを守れることも明らかになった。
最後に、細胞外の PD と細胞の相互作用に EGFR が関わることを明らかにしている。まず、PD は EGFR と直接結合でき、EGFR に対する抗体で細胞内への侵入を一定程度止めることができる。ただ、EGFR は接着だけに聞いているのではなく、チロシンキナーゼ活性を抑制しても PD の侵入を抑制できることから、PD が EGFR を直接刺激していることが明らかになった。驚くのは、この刺激によるチロシンキナーゼ活性化が冬眠中の温度でも起こることで、これにより細胞側も菌糸の伝搬に手を貸すことになってしまう。
以上が結果で、PD に備わった恐ろしい生存戦略がよくわかる。ただ、ここから野生のコウモリを絶滅から救うためのはっきりした戦略が出なかったのは残念だ。水虫でも治りにくいのに、細胞内に隠れてしまう PD をどう退治するのか、残された時間はあまりないのかもしれない。
さらに低温冬眠中では免疫機能がほとんど作用せず、菌糸増大を止められないという恐ろしい姿が明らかになった。
Imp:
冬眠中の免疫機能低下を狙って増殖するとは。。
> コウモリのケラチノサイトをヘルペスウイルスで不死化した細胞株
どのような不死化メカニズムがご存じでしょうか?
パピローマをヘルペスと書き間違いです。一般的なV16パピローマウイルスのガン遺伝子を使っています。訂正しておきます。