現役を退いた時ぐらいから DNA 配列決定に必要なコストが急速に低下し、ガンゲノム研究が毎日トップジャーナルを賑わせるようになった。この結果、一般にはガンが遺伝子変異が重なってできる病気であることが理解されるようになり、個人のゲノムに沿ったテーラーメード治療への期待が高まった。
一方で、ガンゲノムの多様性を実感する研究者から見たとき、これほど多様な変異がバラバラに集まったガンを治療することが本当にできるのかという悲観論も広がってきた。しかし、少なくとも個人レベルでゲノムを調べて治療計画を練った方が予後が良いという治験結果も報告されていることから、悲観論を超え詳細なガンゲノムから最適の治療計画を決めるために必要なデータを蓄積することが必要になる。
今日紹介するオックスフォード大学を中心として集まった国際チームからの論文は、全部で2023人という大規模なガンゲノムを眺めることで、これまでとは異なる景色が見えるのかを調べた研究で8月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The genomic landscape of 2,023 colorectal cancers(2023人の直腸大腸ガンのゲノムから見えること)」だ。
これまでの直腸ガンゲノム解析から大腸直腸ガン (CRC) では KRAS、NRAS 併せて5割が RAS 変異を持ち、p53 変異や APC 変異は8割を超えることから、RAS/APC/p53 の変異で起こるという単純なスキームが頭に染みついてしまった。
この研究ではガンのドライバーの概念を変えて、ガンのポジティブセレクションに関わることが統計的に見られる変異として2000人のガンゲノムデータを調べ、193種類というガンドライバー変異を特定している(その機能は実験的には確かめられていない)。
CRC は、DNA 修復に異常を持つ MSI 型、DNA 合成と修復に関わる DNA ポリメラーゼ ε に変異がある POL タイプ、それと染色体は安定している MSS に分けられ、変異のタイプでもそれぞれ異なっていることから、発生過程が異なっている。この分け方でガンのドライバーを調べると、MSI や POL 型では、遙かに多くのドライバーの変異が重なっていることがわかる。一人の患者さんでの重なりは全く調べられていないのでなんともいえないが、MSI 型や POL 型では、変異を見渡して至適な治療法を考えてくれる AI の必要性を感じる結果だ。
恥ずかしいことに全く私の理解が間違っていたこともわかった。コピー数変化のような大きな染色体の変異は修復異常を持つ MSI、POL 型で多いと思っていたが、実際には逆で MSS にほぼ特異的と言っていい。この構造変化が起こりやすいホットスポットが示されたことも大きい。
ここで用いられたドライバー特定方法は7種類の異なるアプリを全て使った方法で、統計的にポジティブセレクションが見られれば全てリストされてくる。そのため、ガンが免疫を逃れるために起こした変異もドライバーとしてリストされてくる。面白いのは、この免疫反応の仕方から、他のドライバー変異の中で強い抗原性を持つものと、そうでない変異を分けることもできる。例えば RAS 変異は抗原性が強そうだ。また、MSI 型は変異が起こりやすいが、その結果として HLA や抗原プロセスに関わる遺伝子の変異が多い。これもワクチンや CAR-T などを考えるときに重要になる。
これだけの数を集めると、これまで RAS/APC/p53 とひとくくりにしていた MSS をさらに詳しく分類することも可能になる。治療前に調べられた1000人ゲノムから、6種類に分けられ、大きな構造変異が起こる頻度がそれぞれで全くことなる。また、大きな変異が起こりにくい MSS-GS 型は、予後が良いことも確認される。
さらにこれまで全く知られなかった極めて特殊なタイプも特に POL や MSI 型で特定できることから、前ゲノム解析の重要性を示している。
最後にこのように詳しく分類することで、長い大腸の発生場所や、さらには最近増加傾向にある若年性 CRC と、特定の分類型との相関がわかってきた。
要するに膨大なデータなので、詳細の理解は意味がない。当然ガンは個人個人で違うことは間違いないが、それでも共通性は多い。このガンの個性と共通性をうまく抽出して、究極のテーラーメード医療を目指すとき、AI の急発展を利用しない手はない。ガンゲノム研究は新しい転換点にさしかかってきた気がする。
ガンの個性と共通性をうまく抽出して、究極のテーラーメード医療を目指すとき、AI の急発展を利用しない手はない。
Imp:
LLMは革命です。
宇宙の新たな見方を示唆していると思います。
創発・自己組織化メカニズムの一端を捉えたのではないか?とさえ思えます。
記号創発。