複製開始点を特定する研究は様々な方法を用いて行われ、これまで数多くの論文が報告されているが、どうしても増殖を観察しやすい培養細胞か、あるいは胎児期の細胞に限られていた。今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、マウスの肝臓部分切除後の再生モデルを用いて正常肝細胞が増殖するときの複製開始点を調べた研究で、9月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo DNA replication dynamics unveil aging-dependent replication stress(生体内での複製動態は老化に伴う複製ストレスを明らかにする)」だ。
大腸菌と違って、我々の大きなゲノムは様々な場所から複製を一回だけ開始する機構を備えており、そのときに複製が開始される場所を複製開始点と呼んでいる。この複製開始点は、完全に決まっているわけではなく、細胞に応じて開始点がきめられる。この論文では、肝臓再生の現場でどう複製開始点が決まるかをまず明らかにしようと実験を進めている。
まず、肝臓再生時の複製開始点を正確に割り出すための技術的検討を行っている。開始点を決定するための様々な方法があるが、この研究では DNA 複製時に取り込まれるEdU と 複製フォークを抑える hydroxyurea を組み合わせ、EdU でラベルされた DNA の配列を決め、ラベルされた配列の中から開始点をピンポイントで特定するデータ処理を合わせて、最終的に3517の開始点を特定している。
この開始点は一定の間隔で存在するものではなく、短いストレッチにいくつもの開始点が存在する場合もあるし、また長いストレッチに一つしかない場合もある。そして、最も重要なことは、4匹のマウスを比べると、ここのマウスでほぼ同じ開始点を使っていることがわかる。すなわち、肝細胞では開始点はほとんど変化しない。
細胞は分裂しながらも、そのアイデンティティーを守り生きて行く必要がある。そのためには転写が必要だが、この転写と複製がかち合うと DNA のストレスが生じ変異が起こる。そこで、肝再生時に転写される遺伝子と複製開始点との関係を調べている。
まず肝臓で転写されている遺伝子に近い開始点は早期に複製が始まる。すなわち、転写と複製がうまく調整されている。さらに調べていくと、転写される遺伝子の開始点はほぼ例外なく、遺伝しないには存在せず、転写開始点の 10−50Kb 上流か、転写終了点の 10-50Kb 下流に存在しており、まさに転写と複製がかち合わないような開始点の選び方ができている。これを人間の細胞で調べてみると、ほぼ同じことが観察され、進化的にも細胞ごとの開始点の選び方は保存されている。
面白いことに、DNA 複製ストレスがおこるよう hydroxyurea 処理を繰り返すと、それまで活性化されていなかった開始点が活性化する。そして、ストレスを関知する ATR分子を阻害すると、多くの開始点が新たに動員されてします。
次に老化マウスで同じ実験を行うと、今度は開始点がうまく働かないものが増えることがわかる。その原因を探ると、おそらく開始点近くで DNA 損傷が蓄積していたため、そこで複製ストレスが起こるためである可能性が強い。これは肝臓や神経のようにほとんど増殖しない細胞に特徴的だと考えられる。実際、このストレスを関知する ATR 分子を阻害すると、開始点の欠損は見られなくなる。このようなストレスが、細胞老化だけでなく、自然炎症を誘導し全身の老化に寄与する可能性も示している。
以上が結果で、転写と複製が本当にうまく制御されていることがよく理解できる論文で、一読を勧める。
4匹のマウスを比べると、ここのマウスでほぼ同じ開始点を使っていることがわかる。すなわち、肝細胞では開始点はほとんど変化しない。
Imp:
確かに、転写と複製の調和はDNAにとっては大問題です。
これもナノテクワールドの妙技の一つかも?