私とほぼ同い年の西田敏行さんを偲ぶ報道で一色のありさまだが、糖尿病を煩っておられたと報道されている。西田さんの死亡の直接原因についてはほとんど報道がないが、突然死と聞くと、私たちの頭に浮かぶのが、糖尿病で血糖コントロールを強化した結果起こる低血糖による心臓突然死の可能性だ。
2型糖尿病だけでなく、インシュリン治療法が進歩した今も、1型糖尿病の最大の問題はインシュリン過剰による低血糖だ。この問題を解決するには、血糖が高いときだけ効果を示すインシュリンがあればいいのだが、開発は簡単ではない
今日紹介するデンマーク、ノボノルディスク社研究所からの論文は、低血糖時には働かないインシュリンが開発できたという夢のような報告で、10月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Glucose-sensitive insulin with attenuation of hypoglycaemia(低血糖を弱めるグルコース感受性インシュリン)」だ。
この論文を読むと、低血糖では働かなくなるインシュリン開発はすでに1970年代に始まっており、様々な可能性が試されてきた歴史がイントロダクションで述べられており、勉強になる。そこで紹介されている、血糖が高いとインシュリンが溶けでる仕組みはなじみ深いが、反応性の面から実現できていない。
この研究では、ブドウ糖及び配糖体と異なる親和性で結合するマクロサイクルと呼ばれる環状化合物をインシュリンの片方の端に結合させ、さらにもう一方の端にリンカーでつながった配糖体を結合させたインシュリンを設計している。通常配糖体が近くのマイクロサイクルと結合するので、インシュリンの活性部位がカバーされて、作用が抑えられる。そこに、一定以上の濃度のブドウ糖が来ると、アフィニティーに応じて配糖体を追い出し、マイクロサイクルに結合する。そうすると、インシュリンの作用部位が解放されて、インシュリンとしての効果が発生するというわけだ。
様々な調整を加えた結果完成した NNV2215 と名付けたインシュリンは、グルコースと配糖体がマイクロサイクルを競合する構造になっていることを、化学的、構造学的に確認し、また血清存在下条件でも期待通り働くことを確認したあと、ラットとブタを使った実験で、体内で使えるか調べている。
NNC2215 は L-グルコース、D-グルコースのどちらにも反応することを利用して、L-グルコースを投与して血中等濃度を高めると、D-グルコース値が低下する実験で、確かに生体内でもブドウ糖濃度に合わせて作用することを示している。他にも、インシュリンを一定にしてブドウ糖を上昇させる耐糖試験で、血糖に合わせて NNC2215 がインシュリン効果を発揮することを確認している。また、ブタでも NNC2215 連続投与とインシュリン連続投与で、NNC2215 で低血糖にならないことを確認している。
最後に、薬剤で β細胞を破壊した糖尿病ラットを用いて、インシュリン補助剤として十分利用可能であることを示している。
結果は以上で、例えば長期投与で免疫反応が誘導されないかなど、確かめる点は数多く残るが、低血糖に陥らないインスリンにかなり近づいたと思う。ただ、気になるのは値段で、おそらく通常のインシュリンの量を減らして、レベル維持に使うといった使い方がされると思うが、現実的な値段が示されるのを期待して待とう。
1:通常配糖体が近くのマイクロサイクルと結合するので、インシュリンの活性部位がカバーされて、作用が抑えられる。
2:一定以上の濃度のブドウ糖が来ると、アフィニティーに応じて配糖体を追い出し、マイクロサイクルに結合する。
3:インシュリンの作用部位が解放されて、インシュリンとしての効果が発生する。
Imp:
タンパク質コンピュータ-!
2024年ノーベル化学賞受賞技術で、このような生体素子から成るバイオコンピュータ-が出現する予感。