GLP-1 受容体刺激剤が様々な疾患に使われるようになったためか、最近食行動の脳回路研究を目にすることが多くなってきた。もちろん最近紹介したように GLP-1 がどの回路を刺激するかという論文も多いが(https://aasj.jp/news/watch/24811)、これにとどまらない。そこで今日、明日と2回に分けて食行動に関わる研究論文を紹介する。
学生時代、統合失調症の患者さんが、時に異食と呼ばれる何でも口にしてしまう症状を示すことがあると習った。すなわち、我々はおなかが空いても木片にかじりつくことはなく、食行動を抑制する回路を持っているが、この抑制がなくなると、木片にかじりつく反射的行動が生まれるというわけだ。ただ、今日の今日まで、異食を調べた研究は読んだことがなかった。
今日紹介するロックフェラー医科大学からの論文は、食べるという運動を直接支配する神経回路について詳しく調べた力作で、読んでいて異食について思い出した。タイトルは「A subcortical feeding circuit linking an interoceptive node to jaw movement(身体の内受容性感覚と顎の動きを結ぶ皮質下食行動回路)」で、10月23日 Nature にオンライン掲載された。
この研究のとっかかりは、神経増殖因子の一つ BDNF やその受容体がが片方の染色体で欠損すると、異常な肥満に陥るという事実で、BDNF がどのように食行動に関わるか、BDNF 発現神経で食行動の変化で興奮が起こる神経を fos 発現を指標として調べ、視床下部腹内側部 (VMH) の一部が過食による肥満マウスで BDNF と fos を療法発現していることを発見する (VMH-bdnf神経) 。
あとはこの神経集団の機能、投射を調べ食行動との関係を事細かに調べているが、あまりに深く実験しているので、おそらく詳細は省いて結論だけを紹介した方がいいと思う。
まず、VMH-bdnf を刺激すると、空腹でも食べなくなる。一方、VMH-bdnf を光遺伝学的に抑制すると、十分食べていてもまだ食物に飛びつく。ただ、この行動は食べ物が近くにあるときだけ起こる反射に似た行動で、空腹により食べ物を探すという行動ではない。しかも、VMH-bdnf が抑制されると、鼻先にあるものは木片でも飛びついてかじる。そして、VMH-bdnf の興奮を記録すると、食べる行動時には必ず低下するが、食べなかったときには上昇していることがわかる。以上の結果から、VMH-bdnf は食べ物に飛びつくのを抑制する神経回路で、これが抑制されると、空腹、満腹に関係なく、しかも見境なく食べ物に飛びつく。
次に VMH-bdnf に神経を送って調節する回路を探ると、明日も話題にする食欲を支配する中心にあるレプチン反応性の神経回路やメラノコルチン経路など、多くの食欲行動に関わる回路が集まっていることを発見する。そして、例えばレプチン回路を刺激すると、VMH-bdnf が抑えられ食行動が上昇するが、この回路が抑制的に働いても、直接 VMH-bdnf を刺激すると、レプチン回路に関わらず食行動を抑えることから、様々な食行動の回路を集めた上で、直接食べ物に飛びつく反応を起こしているのが、VMH-bdnf であることがわかる。
最後に、VMH-bdnf が投射している神経を探ると、顎や舌を直接支配する脳幹神経核 (Me5) と結合して、近くにある食に飛びつくという反射的な反応を抑制することがわかる。面白いのは、VMH-bdnf が抑制されると、顎が勝手に周期的に動くことで、食欲とは無関係の顎の動きを調節していることがわかる。また、Me5 が発生過程で形成されないノックアウトマウスでは、固形物を食べれずに死んでしまうが、液体食だと問題なく食べて生き残れることが知られている。
以上まとめると、食行動は基本的に、代謝状態、快楽・ VMH-bdnf 興奮により抑制することが、安全な食生活に必須であるという結果だ。
食欲とは別に食べるという行動反射があり、それを抑制することで我々の食行動は成り立っているが、これが破綻すると異食につながることを知って、学生時代からの疑問が一つ解けた気がする。明日は本家のレプチン回路についての論文を紹介する。
1.食行動は基本的に、代謝状態、快楽・不快などの総合で調節される.
2.最後に食に飛びつくという行動は、より直接的な反射行動で、これをVMH-bdnf興奮により抑制する.
imp.
異食は反射抑制不全で発生していた!