基本的に私の教室に在籍したことのある研究者の論文は、どれほど素晴らしい論文でもこのブログでは取り上げないと決めているのだが、今日は例外として、極めて個人的な理由で論文を選んだ。
熊大から京大に移った頃、突然発生学の大御所 Nicol Le Douarin から、おまえの友達の娘を日本に送るからニワトリの Flk1 に対するモノクローナル抗体作成を教えてほしいとメールが来た。友達とはドイツ留学時代の同門の Klaus Eichmann で、やってきたのが Anne Eichmann だった。それから半年、彼女は見事にモノクローナル抗体を完成させ、それをきっかけに第一線の血管生物学者として今も活躍している。
今日取り上げるのは、現在はイェール大学で研究している Anne Eichmann 研究室からの論文で、ROBO1/2 に対する抗体が酸素誘導網膜症 (OIR) など異常血管増生を伴う病理に対し抑制効果があることを示した研究で、11月20日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Monoclonal antibodies that block Roundabout 1 and 2 signaling target pathological ocular neovascularization through myeloid cells( Robo1 と Robo2 シグナルに対するモノクローナル抗体は骨髄球により媒介される病的網膜血管新生を抑制する)」だ。
研究ではまず、ヒトROBI1、ROBO2 の細胞外ドメインを抗体の Fc と融合させ、これを抗原に使ってモノクローナル抗体を作成している。抗体の作り方は、ファージディスプレーと呼ばれる全く動物を使わない方法で作成しているが、抗原の調整法は私の研究室で習った方法をまだ使っていることを知ってうれしかった。結果、ヒト及びマウスの ROBO1/ROBO2 両方のシグナルをブロックできる抗体を作成して研究に使っている。
OIR に ROBO とそのリガンド SLIT が関わることはすでに知られている。この研究では、まず作成した抗体を OIR マウスに注射すると、血管新生を強く抑制すること、現在治療に用いられている抗 VEGFA 抗体と組み合わせると、さらに効果が高まることを示し、ROBO に対する抗体治療が、網膜異常血管形成症の治療法として期待できることを示している。
ただ作用のメカニズムに関しては ROBO シグナルの場合一筋縄ではいかない。というのも網膜ではROBO は様々な細胞で発現が見られ、最終的な効果がどの経路で起こるかを決めかねる点だ。この問題を single cell RNA sequencing と、そこで発現している遺伝子の量の比較から明らかにする試みを行っているが、多くの細胞でシグナルが誘導されていることがわかり、どの細胞と決めるのは難しい。
結局、ROBO1/2 を各細胞でノックアウトして OIR による異常血管新生を調べ、マクロファージ特異的にROBO がノックアウトされると血管新生が抑えられ、さらに ROBO 下流の PI3Kγ がマクロファージでノックアウトされた場合も血管新生を止められることから、マクロファージが SLIT で刺激を受けると、M2 型マクロファージに変化し、血管新生をサポートする VEGFA、IL-10、IL-12 などのサイトカインを発現する過程が抗体の標的であると結論している。
最後に、OIR だけではなく、加齢に伴う黄斑変性症モデルでもこの抗体が有効であることを示し、現在特効薬として用いられる BEGFA に対する抗体に加えて、ROBO に対する抗体を併用できることを示している。
結果は以上で、抗体とマクロファージ特異的ノックアウトの合わせ技一本といったところだが、もし ROBO 抗体が加わることで、血管新生抑制効果の長期持続が可能になることが見えると、新しい治療として確立する可能性はある。
マクロファージがSLITで刺激を受けると、M2型マクロファージに変化し、血管新生をサポートするVEGFA, IL-10, IL-12などのサイトカインを発現する過程が、抗体の標的!
Imp:
新たな血管新生阻害の標的となるか?!
今後の展開に注目。