進行した胃ガンの標準化学療法でいくつかの薬剤が組み合わされるが、必ず DNA 合成や RNA 合成阻害活性がある 5FU が含まれている。今日紹介する中国広州にある中山大学からの論文は、5FU 耐性メカニズムを追求する中で、相分離からオートファジーまで動員してガンが 5FU 抵抗性を獲得している複雑なメカニズムを明らかにした研究で、11月20日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「NIT2 dampens BRD1 phase separation and restrains oxidative phosphorylation to enhance chemosensitivity in gastric cancer(NIT2 は BRD1 相分離を低下させ酸化的リン酸化を抑制し胃ガンの化学療法感受性を高める)」だ。
この研究では 5FU 処理に抵抗性が発生する遺伝子を CRISPR スクリーニングで調べ、NIT2 と呼ばれるグルタミンが αケト酸と結合した αケトグルタメートをアンモニアとケトグルタレートに分解するアミダーゼの一つが欠損すると 5FU 抵抗性が高まることを発見する。また、NIT2 の発現を挙げてやると最終的にミトコンドリアの酸化的リン酸化が抑制され5FU感受性になることから、当然代謝の問題化と研究が始まっている。実際、NIT2 が欠損する最終的な効果はミトコンドリアの酸化的リン酸化の上昇なので、メトフォルミンを投与すれば 5FU 耐性を抑えることができる。また、メトフォルミンと 5FU の併用はすでにガンで使われているので、臨床的に見るとこの研究はこれ以上のメッセージはない。
しかし、なぜ NIT2 により酸化的リン酸化が抑えられるのかについての追求は、極めて複雑だが面白い。
まず、NIT2 の 5FU 感受性上昇メカニズムに、NIT2 のアミダーゼ活性は必要ないことを、活性部位を変異させた実験で明らかにする。そして、NIT2 の作用はヒストン修飾複合体に関わる重要分子 BRD1 と結合して本来 BRD1 と他の分子により転写部位に形成される HBO1 複合体との相分離を妨げ、アセチル H3 ヒストンが低下することがわかった。少しわかりにくいと思うが、H3K14ac が酸化的リン酸化酵素の発現を維持しており、これを維持する HBO1 複合体は BRD1 と一緒に相分離を起こして機能しているが、NIT2 が結合するとこの相分離が壊れ、HBO1 の機能が低下する。
このスキームでは、NIT2 の量が少ないと、BRD1/HBO1 の相分離は維持され、代謝が活性化することで5FU の効果が低下することになるが、実際のガンで調べると NIT2 の発現の低いガンは 5FU 治療に抵抗して予後が悪い。面白いのは、NIT2 の発現だけでなく、5FU 処理でガンにストレスがかかると、src 分子が活性化して NIT2 をリン酸化し、これによって BRD1 との結合が抑制されることも示されている。すなわち、ストレスを感知した src が NIT2 リン酸化して BRD1 との結合を止めることで、酸化的リン酸化を高めて抗ガン剤から逃れるメカニズムがある。
さらに複雑なことに、NIT2がHBO1に結合することで、そのコンポーネントであるユビキチン化酵素ING4が抑制されると、ついでにNFκBコンポーネントのRELAの分解が低下し、NFκB 転写活性が高まる。すなわち、5FU により起こるリン酸化で NIT2 が HBO1 から離れることで、RELA の分解が早まり NFκB 活性が上がることもガンを助けているようだ。
最後に、NIT2 がオートファジー経路を使って分解されることまで示しているが、詳細は割愛する。
以上、NIT2 による 5FU 感受性の上昇は極めて複雑な機構で、ヒストンのアセチル化制御と NFκB 制御に関わり、NIT2 が核内での HBO1 複合体の相分離を RBD1 と結合することで調節するという本当にややこしい機構だ。
この最終結果が酸化的リン酸化なら現在進んでいるメトフォルミン治験で十分だが、もう一つ RBD を介する相分離調節は重要なターゲットになる可能性がある。
NIT2による5FU感受性の上昇は極めて複雑な機構で、ヒストンのアセチル化制御とNFκB制御に関わり、NIT2が核内でのHBO1複合体の相分離をRBD1と結合することで調節する!
imp.
5FU効果のメカニズムが、また一つ解明!