Cationic peptide (陽イオン性ペプチド)は、正電荷を持つアミノ酸を多く含むペプチドで、抗菌ペプチドディフェンシンは有名だが、様々な機能を持つことが知られている。
今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は、陽イオン性ペプチド全般にシナプスでの受容体クラスター形成を抑制して記憶を消す効果を持つことを示し、そのメカニズムや臨床的意義について議論した研究で、1月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cationic peptides cause memory loss through endophilin-mediated endocytosis(陽イオン性ペプチドはエンドフィリンによるエンドサイトーシスを介して記憶消失の原因になる)」だ。
現在のようにペプチド創薬に大きな期待が集まっているとき、陽イオン性ペプチドにより記憶が失われるというタイトルを読むと「エ!」と驚いてしまうが、この研究はもともと2006年に発表された記憶を消すペプチド ZIP の作用を調べることに始まっている。
発見以降 ZIP は細胞シグナルへの特異的作用として研究されてきたが、このグループは ZIP が正電荷を持つアミノ酸が46%も含まれていることに気づき、ペプチド自体の特異的作用ではなく、陽イオン性ペプチドが一般的に持っている作用ではないかと着想し、ZIP とともに、細胞内にペプチドが取り込まれる陽イオン性ペプチドTAT を用いて記憶消去効果を調べると、TAT も同じように記憶消失を誘導できることを発見する(実際にはこの実験は論文の後の方で示されている)。
そしてこのメカニズムとして、陽イオン性ペプチドが神経シナプスで神経刺激により誘導されるグルタミン酸受容体やGABA受容体の数の上昇及び、それに伴うクラスター形成素阻害することを発見する。そして、この阻害が神経刺激によってシナプス膜に新たに集められてきた受容体を、エンドサイトーシスの一つ Macropinocytosis を介して細胞内に取り込んでしまう作用であることを突き止める。
脳のスライス培養を行い、刺激によりシナプスの活性が高まる長期効果を指標に調べると、ZIP も TAT も同じように長期効果誘導を抑える。さらに、正電荷のアミノ酸の割合を変えて実験を行うと、アミノ酸配列ではなく、正電荷アミノ酸の割合に応じて、シナプスの長期増強を抑える作用が高まることも確認している。
最初に述べてしまったが、マウスの脳にペプチドを注射する実験から、ZIP だけでなく TAT も恐怖体験時に音を聞かせる実験で調べる記憶の成立を抑えることを明らかにしている。ただ、これだけでなく、TAT のように細胞内にペプチドをデリバーする目的で用いられるペプチドは、全身投与でも記憶の成立を抑えてしまうことを明らかにしている。
現在、TAT がペプチドデリバリーの方法として使われることを考えると、大量に投与された場合、記憶消失という問題が起こる可能性がある。また、様々なペプチド薬開発についても、この点は考慮する必要があるだろう。
ただ、この研究は陽イオン性ペプチドの問題を指摘しただけではない。脳損傷による記憶の喪失が、単純に回路が壊れるだけではなく損傷部に分泌される陽イオン性ペプチドの作用もあるのではと考え、陽イオン性ペプチドにより誘導されるグルタミン酸受容体の Macropinocytosis を抑える薬剤を脳損傷マウスに投与する実験を行っている。その結果、カリウム保持性の利尿薬として用いられるアミロライドを脳損傷前にマウスに投与しておくと、記憶の喪失を防げることを示している。
実際の臨床でどのように使えるのか、まだまだ検討が必要だが、ZIP の研究から、記憶維持に関わる介入可能なメカニズムを示した面白い研究だと思う。
陽イオン性ペプチドが神経シナプスで神経刺激により誘導されるグルタミン酸受容体やGABA受容体の数の上昇及び、それに伴うクラスター形成素阻害する!
Imp:
記憶の成立機構の一端!
生体分子機械論を示唆します。