我々の細胞表面分子はさまざまな糖鎖修飾を受けているが、中でも血管内皮のバリア機能に関わるとされているのがグリコカリックスで、その損傷が糖尿病での血管透過性更新に関わるとされている。Covid-19 感染の血栓形成の一つの要因として、グリコカリックス層の剥離が指摘されたのは記憶に新しい。ところがこれほど重要なグリコカリックスの老化に伴う変化を調べた研究はあまり知らない。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このグリコカリックス層が老化に伴い減少し、結果脳血管関門の機能が傷害されることを示した研究で、2月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Glycocalyx dysregulation impairs blood brain barrier in ageing and disease(グリコカリックスの調節異常は老化と疾患で脳血管関門を傷害する)」だ。
この研究は老化マウスの脳血管の電子顕微鏡写真から始まる。若いマウスと比べ、血管内皮の内側に存在する様々な糖鎖からなるグリコカリックス層が傷害されている。老化に伴う血管内皮糖鎖の変化を調べると、上昇しているものもあるが、特に粘液合成に関わる O-glycan 合成酵素が低下していることがわかる。ドラマチックな電顕写真の変化から考えると、血管内皮のグリコカリックス層は殆ど O-glycan 合成に依存していると言ってもいい。様々な方法で、さらに糖鎖の性質を探ると、最終的にムチンドメインを有する糖タンパク質が主体であることがわかる。すなはち、分泌はされないが粘液のような分子と言える。
生化学、遺伝子発現解析から、この変化は糖鎖の修飾を受けるタンパク質の減少ではなく、糖鎖修飾に関わる酵素が減少している結果で、同じような変化がアルツハイマー病やハンチントン病でも見られることを明らかにしている。
次にグリコカリックス現象の脳血管での影響を調べるため、合成酵素の一つ C1galt1 をノックダウンできる遺伝子をアデノ随伴ウイルスを用いて血管内皮に導入する実験を行い、脳血管関門が破綻することを確認している。
さらに、ムチンを分解する酵素を血管内に投与する実験を行い、脳血管関門が破綻するだけでなく、脳出血まで起こってしまうこと、そしてグリコカリックス現象によって血管内皮のタイトジャンクションが壊れることまで示している。
次に老化マウスに G1galt1 や Bebnt3 などのムチン合成に関わる酵素を導入して血管バリアーを回復する実験を行っている。糖鎖の合成経路にはいくつかの酵素が関わり、また老化で様々な酵素が低下していることをこの研究でも確認しているのに、一つの酵素の導入だけで機能が回復すると期待してトライしたのには驚くが、驚くことに血管の透過性を防ぐことができている。残念ながら最初に見たような電顕像が示されているので、回復の程度はよくわからない。しかしさらに驚くのは、修復酵素を導入した老化マウスでは認知機能や記憶力が高まることで、是非より詳しい定量的な実験がほしいと思った。
グリコカリックスの機能は脳血管関門の維持にとどまらず、血流の増加から血管を守り、血小板や白血球の接着を抑え、抗酸化剤としての活性もある。従って、この記憶回復が全て血管関門で説明できるとは思えないが、脳の老化を抑える一つの方法として有望だと思う。
最近 SGLT2 阻害剤が血管内皮のグリコカリックスを回復させるという研究が発表されているが、この点も糸口としては面白そうだ。
グリコカリックスの機能は脳血管関門の維持にとどまらず、血流の増加から血管を守り、血小板や白血球の接着を抑え、抗酸化剤としての活性もある。
Imp;
Glycocalyxが肝