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3月7日 膵臓ガンは上皮間葉転換で進化する(3月5日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月7日
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上皮間葉転換 (EMT) は、細胞接着構造で互いに結合していた上皮が細胞同士の結合力の低い間葉系細胞などに転換することを指し、発生過程では胎児上皮からの中胚葉の分化、神経管からの神経堤細胞の分化で見られる極めて重要な過程だ。EMT はその特異的な組織学的特徴からガンでも指摘されており、多くの場合 EMT を起こすと悪性度が高いと考えられてきた。

今日紹介するテキサス MD アンダーソン研究所からの論文は、EMT の役割が強く疑われてきた膵臓ガンに関して EMT 過程をモニターし、また操作できるマウスを用いて、EMT がゲノム不安定性を引き起こしてガンの多様化と悪性化に関わることを示した研究で、3月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evolutionary fingerprints of epithelial-tomesenchymal transition(上皮間葉転換の進化過程の刻印)」だ。

先日タイトルの重要性について述べたが、この論文のタイトルを見て膵臓ガンの研究だとわかった人はほとんどいないのではないだろうか。私もまず進化発生学の論文かと読み始めたぐらいだ。読み始めればすぐに膵臓ガンでの EMT が研究対象であることがすぐわかるが、膵臓ガンに興味のある人は読み始めないのではないかと思う。しかし、ガンの研究者にとっては面白い研究だと思うので、少し残念な気がする。

この研究のハイライトは EMT で発現するビメンチン遺伝子をスイッチとして、EMT を経験した膵臓ガンを追跡したり操作したりできるようにした点で、EMT について議論している膵臓ガン研究論文は多く読んだが、このタイプの試みは初めて見た。難しい方法ではないので、今まで殆ど試みられてこなかったのが不思議なぐらいだ。

ガンの進展途上で EMT が起こったときにスイッチが入って蛍光を発するマウスでは、間葉系形態をとった細胞だけでなく一度間葉系に変化した後、また上皮様に戻る細胞が存在することがわかるが、高い増殖力を示し転移するのは殆どが EMT の後に間葉系形態を保った細胞であることがわかる。また、発ガンの早い時期から EMT が発生しガンの主要成分を占めるようになることがわかる。EMT 細胞の高い増殖性は、ガン細胞のオルガノイド培養や細胞移植でも確認されている。

ここまでならこれまでの研究でも他の方法を用いて示されており、EMT がガンをさらに悪性化させると考える根拠になっているが、この研究では EMT を起こした細胞を薬剤で殺せるようにしたマウスモデルを用い、EMT を殺したときのガンの増殖や転移を調べている。結果は予想通りで、増殖だけでなく、ガンの転移も強く抑制することができ、また生存期間も延びる。おそらくこの実験は、ガンの進展にとって EMT が必須であることを直接示した最初の論文ではないだろうか。

次に、EMT がガンの進展に大きな影響を持つメカニズムについて、染色体の安定性に焦点を絞って調べている。すると、EMTを起こした細胞でだけ大きなゲノム変化が起こりやすくなって、ゲノム不安定状態が起こっているのがわかる。また分裂時に染色体が断裂してしまうクロモスプリシスという状態が EMT 後に起こっていることも明らかにしている。これはマウスモデルだけでなく、人間の膵臓ガンのデータベースを調べると、EMT を起こした刻印を持つ細胞でクロモスプリシスが起こっていることを確認している。

クロモスプリシスは分裂時に紡錘糸が染色体に結合できないために起こるが、このグループが以前開発した single cell レベルで特定の領域のクロマチン構造を調べる方法を用いて紡錘糸の結合するセントロメア付近のクロマチン構造が開いてしまっており、その結果紡錘糸の結合がうまくいかないと結論している。実際、EMT を起こしたガン細胞では、分裂時間が長くかかっている。

結果は以上で、EMT がガンの染色体不安定性と強く相関していること、またクロマチンの変化がさらに大きいクロモスプリシスを誘導する因子になることはわかり、ガンの EMT がガンのゲノム多用性を発生させる大きな要因であることが理解できた。ただ、これが膵臓ガンの難しさの全てかどうかはわからない。とはいえ、single cell レベルの独自の解析技術など、高い力量を示す面白い研究だと思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    1:EMTがガンの染色体不安定性と強く相関している
    2:クロマチン変化がさらに大きいクロモスプリシスを誘導する因子になる
    3:ガンのEMTがガンのゲノム多用性を発生させる大きな要因
    Imp:
    EMTとクロモスプリシス
    不思議な生命現象でもあります。

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