私の世代なら見た方も多いと思うが、大学を出たばかりの頃「ビューティフルピープル:愉快な仲間たち」という映画を見た。アフリカに棲む様々な動物の記録映画だが、タイトルからもわかるようにあらゆる動物を擬人的に扱うことでそれぞれの習性を強く印象付けた動物映画の秀作だった。中でも妙に記憶に残っているのが、熟れた果物を食べて象までが酔っ払うシーンで、食べたあと全ての動物が千鳥足で歩くシーンから、動物も本当は酒好きなんだという印象を持った。今日紹介するサンタフェ大学からの論文は私たち人間が酒好きになった起源についての研究でアメリカアカデミー紀要オンライン版に紹介された。タイトルは「Hominids adapted to metabolize ethanol long before human-directed fermentation(人間が発酵を利用する以前から類人猿はエタノールを代謝ができるよう適応していた)」だ。明日から、アルコールを飲む機会が多くなると思って、取り上げてみた。不勉強で全く知らなかったが、アルコールを処理するアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)には多くのタイプがあり、私たちには7種類存在する。アルコールに強いとか弱いとかを決めているのは肝臓に存在するADH1だが、この研究で調べられたのは様々な組織に広く発現するADH4だ。研究ではヒトを含むサルのADH4の塩基配列から系統樹を作成し、それぞれの種の分岐点を代表する遺伝子から試験管内でタンパク質を合成し、エタノールを基質にした脱水素反応の酵素活性を調べている。驚くことに、この酵素がエタノールの脱水素反応酵素活性を獲得するのは、類人猿がゴリラ・チンパンジー・人間の系統と、オランウータンとに分かれた時点で、オランウータンを始めほとんどのADH4はエタノールを基質とすることができない。一方様々な果物に含まれるゲラにオールを基質とする活性は全てのサルのADH4に検出されている。結果はこれだけだが、遺伝子配列だけでなく、実際の酵素活性を丹念に調べて、エタノールにたいする基質特異性が約1000万年前に獲得されたことがわかると、様々な想像が膨らむ。この研究では、サルの食習慣、分岐の起こった中新世の急速な寒冷化などから一つの面白いシナリオを提案している。1000万年前私たち人間、ゴリラ、チンパンジーの先祖は木の上から地上に降りて生活を始める。どちらが先かわからないが、この時木の上のフレッシュな果物を食べる食生活から、地上に落ちた熟した果物を食べるように変化する。実際、チンパンジーは熟した果物を好んで食べるようだ。もちろん熟した果物には発酵によるアルコールが含まれれている。これに対応するため、ADH4が適応進化しエタノールを分解するようになった。一方オランウータンなど他のサルも熟した果物も食べるが、新鮮な葉や果実を主食とするため、それらに含まれるゲラニオールを始め様々なテラピノイドの分解が必要で、ADH4のエタノールへの特異性の変化は許容できなかったというシナリオだ。おそらく次の課題は、どうして酒好きになるかだ。実際京大霊長研のサイトには、ボッソウ地区に住むチンパンジーが葉っぱからヤシ酒を飲むビデオが紹介されている。おそらくエタノールを処理できるようになってすぐ、私たちは酒好きになったようだ。この論文のおかげで私も知識の断片を統合することができた。地上生活を始めることで主食にした落ちている熟した果物にはアルコールも含まれるが、地上の多くの昆虫も含まれる。これを摂取するおかげで、高タンパク食が可能になり、脳を発達させることができたというシナリオだ。なら酒好が先にあって脳の発達を促したかもしれない。来年の干支羊とは関係なかったが、これから正月を迎える日にはうってつけの論文を読んだ。