これまでのKRAS G12c変異に対する薬剤に加えて、他の変異に対しても新しいタイプの薬剤が開発され、RAS変異をドライバーにするガンの標的薬剤治療が可能になるのではと期待している。もちろん対象とできる変異RASが広がれば当然正常RASの機能も阻害して副作用が起こる心配が常にある。ただ、これまで開発された薬剤はRASのGDP/GTPエクスチェンジャーとしての機能を標的にしており、さらに下流のRAF活性化に関わる過程を標的にした薬剤の開発は発表されていない。
今日紹介する米国ボストンにあるノバルティス研究所からの論文は、GTP結合型変異RASがRAFを活性化するときの分子複合体を標的にした薬剤の開発で、5月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting the SHOC2–RAS interaction in RAS-mutant cancers(SHOC2-RAS相互作用をを標的にした変異RASガン)」だ。
シグナル過程の特定から構造解析、そして薬剤の開発まで、まさに製薬企業研究所ならではの論文といえる。これまで研究されてきたRAS変異は12番目のアミノ酸の変異だが、他にも611番目の変異がガンのドライバーになっているガンも多い。この研究では、12番目の変異だけでなく61番目の変異を持つRASも含め、様々な変異RASをIL-3依存的に増殖する細胞に導入し、変異RAS導入によりIL-3依存性を脱却できることを確認したあと、クリスパーを用いた網羅的遺伝子ノックアウトを用いて、変異RAS依存性に増殖するのに必要な分子をスクリーニングしている。
この中で61番目の変異ドライバーに必要とされる分子としてSHOC2を特定している。SHOC2はGTP-RASがRAFを活性化する過程に必要な分子複合体を形成するためのスキャフォールドで、2021年のジェネンテック研究所がRASとPP1C脱リン酸化酵素を結合させてRAFを脱リン酸化するために働く時の構造を明らかにしていた。
この研究ではIL-3依存性細胞株のみならず、RAS変異をドライバーとするガンについて調べ、特にRASの61番アミノ酸変異依存的なガンでSHOC2が必須のシグナル分子であることを確認し、SHOC2とRASの結合を阻害する分子の探索に乗り出している。
まず構造解析でGTP結合したNRAS(Q61R)との結合を解析、またCAVIARという分子結合ポケットを推定するアプリを用いて、阻害剤が開発できる可能性を確認した上で、二つの分子の会合を指標として32万化合物をスクリーニング、その中から一つのリード化合物を特定し、これを構造ベースに至適化、SHOC2とRASの結合をサブマイクログラムのキネティックスで阻害する化合物を得ている。
さらに、環状ペプチドライブラリーからさらに広い範囲の表面でRASとSHOC2の結合を阻害する環状ペプチドも特定している。最後に、この化合物の阻害活性を調べると、61番目の変位をドライバーにするガンだけでなく、12番目の変異を持つRASをドライバーにするガンもある程度のレベルで増殖を抑制できることを示している。
結果は以上で、動物への投与実験は全く示されていないので、治療への発展に関してはそれを見てからになるが、新しい標的が明確になったことは今後RASを標的とする治療薬開発に大きな朗報だと思う。
特にRASの61番アミノ酸変異依存的なガンでSHOC2が必須のシグナル分子であることを確認し、SHOC2とRASの結合を阻害する分子の探索に乗り出している。
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RASシグナル伝達系の新たな標的発見
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