相分離についてこのブログで初めて紹介したのは2017年だった(https://aasj.jp/news/watch/7045)が、それ以来細胞内でおこる相分離現象が、様々な機能に必要な分子を局所に濃縮して、生物過程の効率を高めていることについては51回も紹介している。しかし一部の論文を除き、相分離体内での過程を操作するという方法についての論文は発表されていない。
今日紹介するベルリン・マックスプランク分子遺伝学研究所からの論文は、相分離体内での過程を操作する方法の可能性を示した面白い研究で、6月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Probing condensate microenvironments with a micropeptide killswitch(相分離体の微小環境をマイクロペプチド・キルスイッチで探査する)」だ。
この研究の始まりはHMGB1分子のC末端にフレームシフトで全く新しい変異が発生し、これが本来核小体に存在しないHMGB1分子を核小体に移動させた結果、主に骨格の発生異常が起こることを示した研究で、このブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21510)。
その後の研究過程で、フレームシフトで生まれた自然に存在しないペプチド自体が相分離体内の性質を変化させることが異常の原因で、このペプチドを他のタンパク質に結合させて細胞に導入すると相分離体が他の分子をリクルートして維持されるダイナミックスが抑えられることを発見し、このペプチドをキルスイッチ (KS) と名付けている。
この効果を調べるため、最も重要な相分離体の一つ核小体マトリックス分子NPM1と結合するナノボディーにGFPとKSを結合させ、これを細胞に導入すると、ナノボディーによって核小体に移行したKSは、核小体内の分子の動きを強く阻害する(GFPをレーザーでブリーチして蛍光の回復を見ることでわかる。KSが存在すると蛍光回復が抑えられるが、ナノボディーだけでは何も起こらない)。
さらに核小体内分子ダイナミックスの変化を調べるため、核小体内の分子を質量分析器で調べると、NPM1に結合する重要な分子を始め様々な分子が核小体へリクルートできなくなっていることを発見する。この異常は、KSの配列を変化させることで防止できることから、KS自体の作用であることがわかる。
以上の結果に基づき、実際に機能している相分離体の機能を特異的に抑制する実験を行っている。
様々な系を試しているが、ここではNUP98遺伝子とKDM5A遺伝子が点在により核内で相分離して転写を高めることで起こる白血病に対する操作例を紹介する。転座遺伝子をマウスに導入すると白血病が起こるが、白血病発生後この分子と結合するナノボディーにキルスイッチを結合させた分子を発現させると、核内に存在した相分離体の数が減少し、細胞の増殖が抑えあれる。
もう一つの実験として、アデノウイルスが感染したとき53K分子により相分離体が形成されるが、この52KにKSを結合させると、52Kにリクルートされてウイルス粒子の合成に必要な IIIa分子の52K相分離体へのリクルートが抑えられ、ウイルス粒子の産生が90%低下する。このときレーザーでブリーチして相分離体のダイナミックスを調べると、ほとんど分子の移動が抑えられていることが確認される。
以上が結果で、もちろんすぐに臨床応用というわけにはいかないが、相分離体を研究するための極めて重要なツールになるように思える。以前の論文で、相分離体が変化して起こる発生異常が他にも100近く存在することが示されていたが、これらを丹念に調べることでさらに新しいツールが開発できる気がする。面白い研究だと思う。