タイトルを見てもらえばわかるように、今日はもっぱら医師向けの論文紹介になる。タイトルにあるシタラビン、ゲムシタビンは代謝拮抗剤と呼ばれる抗ガン剤で、両者とも核酸の一つシトシンに似た構造を持っており、複製時にシトシンの代わりにDNAに取り込まれ、そこで複製を止める役割をすると考えられている。では両者で作用機序や効き方が同じかというと、多くの点で異なっている。例えば白血病の場合、静止期にある幹細胞まで完全に殺せる可能性はシタラビンの方が優れていると考えられ、薬剤による白血病の完全寛解を目指す場合シタラビンが用いられる。これを裏返せば、増殖していない細胞を傷害することを意味しており、実際シタラビンは小脳失調症など脳に現れる特徴的副作用がある。
今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、シタラビンの神経毒性のメカニズムについて調べたプロの仕事で、代謝拮抗剤というカテゴリーにひとくくりにしないで、専門でない医師もしっかり副作用のメカニズムを知ることの重要性を示す研究で、6月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mechanism of cytarabine-induced neurotoxicity(シタラビンによる神経毒性のメカニズム)」だ。
責任著者の Andre Nussenzweig は、免疫系での遺伝子再構成の研究の第一人者 Michel Nussenzweig の弟さんだと思う。しかし、兄弟で DNA 修復がらみの研究を行っているのも面白い。
この研究以前に、シタラビンもゲムシタビンもDNAメチル化が TET により脱メチル化されるときに DNA 一本鎖に切断が入る (SSB) ことがわかっていた。しかし、二本鎖に切断が入る DSB はシタラビンだけで起こる。
そこで DNA 脱メチル化時にシタラビンが存在すると DSB が入るのか探索し、シタラビンによる DSS 誘導には TET 及び脱メチル化が必須で、TET や TDT による脱メチル化プロセスをシタラビンが阻害する結果であることをまず明らかにする。即ち、DSB は脱メチル化反応が起こっている場所に選択的に起こり、多くの遺伝子調節領域とオーバーラップしている。そして、シタラビンによる DSB は通常の non-homologous end-joining で修復され、このときに染色体転座も多発することをシタラビン処理した細胞について確認している。
問題は、同じように TET が働いている場所で SSB を誘導できるゲムシタビンが DSB 誘導しないメカニズムだが、試験管内の生化学実験などを組み合わせて、SSB が起こった片方の DNA 鎖を除去修復しながら、もう片方のメチル基を除去する過程で、ゲムシタビンを取り込んだ一本鎖では効率よく修復しやすいために、もう片方の脱メチル化過程が止まって DSB が起こりにくいが、シタラビンが取り込まれると修復が遅れて、最終的にもう片方の脱メチル化サイトも切断される DSB が起こりやすくなることを示している。
即ち、DNA 複製だけでなく、脱メチル化過程で起こる修復過程の障害が DNA の DBS をシタラビンがより効率に誘導することが明らかになった。
即ち、増殖ではなく脱メチル化過程が進んでいる細胞ではシタラビンによる毒性が強く出ることを示している。実際、神経細胞では常に刺激による転写が起こっており、分裂とは無関係に転写のプログラムが変化する。即ち、DNA 脱メチル化による染色体の変化は神経活動に必須と言える。このことから、分裂しない脳細胞でもシタラビンの副作用が出ることになる。さらに、小脳失調症の原因についても調べ、小脳プルキンエ細胞では他の神経細胞に比べて TET の発現が高く、脱メチル化に強く依存していることがわかった。その結果、シタラビンではプルキンエ細胞が強く傷害され、小脳失調症が発症することになる。
以上、「薬の構造が違うから当然でしょう」と適当に理解していたよく似た代謝拮抗剤の作用の違いを理解する良い機会を与えてくれた論文だ。シタラビン以外にも 5FU など脳症状を誘導する代謝拮抗剤が存在することから、それぞれのメカニズムを詳しく調べることで、抗ガン剤治療の質を高めることができると思う。
増殖ではなく脱メチル化過程が進んでいる細胞ではシタラビンによる毒性が強く出ることを示している。
Imp:
メカニズムを詳しく調べることで、抗ガン剤治療の質を高める!
なかなか奥が深そうです。