論理的に正しいことをどう証明できるかという問題は19世紀から20世紀に盛んに議論され、ヴィトゲンシュタイン、ゲーデル、ラッセルなどがこの議論を担った哲学・論理学者だが、結局絶対的に正しい一つの体系は存在せず、文脈依存的に正しいかどうかが決まるという方向に集約した。そんな中で、アラン・チューリングは、物理世界で実現・操作可能かという問題にこの問題を置き換える見事なアイデアを提出し、コンピュータの理論的基礎を築くとともに、哲学にも大きな影響を及ぼしたと思う(我が国では少し事情は異なるが)。
昨年、ノーベル化学賞は、遺伝情報にコードされた一つの文脈、タンパク質の3次元構造を予測する大規模言語モデルに授与されたが、このような情報を実際の物理世界に実現することは、チューリング的意味で極めて重要な課題になる。これを実現するために、様々なモデルを作り、そこから予想される新しいタンパク質を実際に合成し、その検討を通してさらに新しいモデルを開発し続けているのがワシントン大学の David Baker さんだと思う。
そのBakerさんが、タンパク質の構造を決定したとき、きちっと折りたたまれない領域、Intrinsically disordered region(天然変性領域:IDR)を高いアフィニティーで認識するタンパク質の設計方法の基盤について示したのが、今日紹介する論文で、7月17日 Science に掲載された。タイトルは「Design of intrinsically disordered region binding proteins(天然変性領域に結合するタンパク質のデザイン)」だ。
IDR は構造化できない部分だが、柔軟なタンパク質相互作用に重要な役割を演じていることがわかっており、例えば相分離を媒介する領域としての IDR や、Tau など病理的タンパク質の持つ IDR も重要な課題になっている。しかし、構造がはっきりしないため特異抗体を作ったり、ましてや薬剤を開発することは困難だった。
この IDR を認識するタンパク質の設計を、これまで開発された様々なモデルを組み合わせて行う方法開発がこの研究になる。機能的記述と構造や配列を一つの多次元空間で扱う ESM と違って、Bakerさんの方法は段階的に、人間の頭も使いながら方法を組み立てていくのが特徴だ。
この研究ではまず短いペプチド配列に結合するタンパク質を、標的を包むようにという指示を出した上で設計し、その構造をこれまで Baker研で独自に開発してきた構造から、タンパク質の折りたたみ構造、そしてアミノ酸配列を決定するモデルを駆使して作成し、繰り返し配列を持つ IDRペプチドに対する1000以上の結合タンパク質ライブラリーをまず形成している。
このライブラリーの中から、実際の IDR の各部分にフィットする結合タンパク質を選び、それをつないで全体の IDR にフィットする一つのタンパク質を設計している。これまで様々なペプチドを特異的に認識する目的で抗体作成が行われてきたが、これを読むとほとんどその必要が無くなる気がする。
脱線したが、今度はこの方法でこれまで抗体や薬剤が全く開発できなかったペプチドdynorphinA に結合するタンパク質を設計し、この方法のポテンシャルを示すとともに、実際の結合タンパク質と dynorphin A の結合様式を分子を結晶化させて、実際の物理世界で調べ直している。この情報と実世界とのシャトルがBakerさんの研究を発展させている。
最後に IDR が問題になるいくつかのタンパク質相互作用の実験系を用いて、細胞内でもこうして設計したタンパク質が標的に結合することを示し、この方法の高いポテンシャルを示している。
結果は以上で、特定のタンパク質を IDR を指標に生成したり、細胞の中での分子の追跡をしたり、そして dynorphin のようにこれまで全く調べる手段のなかった神経伝達因子の操作を可能にしたりと、Bakerさんの目指す完全なタンパク質デザインにまた近づいている感がある。
Bakerさんたちは同じ方法を用いて、異なる RAS分子を認識する結合タンパク質が2月に bioRxiv に発表され、細胞内で特異的な Ras の膜へのリクルートが追跡できることが示されているが(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.08.29.610300v4)、今後は IDR をもちいた細胞内でのタンパク質の追跡や、操作が加速するように思う。
IDRを認識するタンパク質の設計を、これまで開発された様々なモデルを組み合わせて行う方法開発!
様々なペプチドを特異的に認識する目的で抗体作成が行われてきたが、ほとんどその必要が無くなる気がする。
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またまた革命の発生か!?