炎症が起こると身体が酸性になるとよく言われる。実際様々な組織で pH は調べられており、感染でリンパ節が酸性になるし、細胞は pH を感知して様々な方法で pH の安定性を保っている。
今日紹介するイエール大学からの論文は、炎症組織に浸潤するマクロファージが、これまでとは全くことなるメカニズム、即ち転写因子の相分離調節を介して pH 依存的に炎症を抑える方向に転写をスイッチさせることを示した面白い研究で、7月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Regulation of inflammatory responses by pH-dependent transcriptional condensates(pH依存性の転写因子の相分離体による炎症反応の調節)」だ。
この研究では LPS を注射して TLR4 を刺激して炎症を起こしたとき、マクロファージは炎症によって引き起こされる pH の急速な変化を感知して反応することで炎症の調節に関わるはずだと考え、pH 7.4 、あるいは pH 6.5 で培養したマクロファージを LPS で刺激し、pH 環境で変化する遺伝子を調べている。
すると、pH 6.5 の環境では炎症を促進する遺伝子が軒並み抑えられることを発見する。すなわち、酸性条件では炎症を抑える方向にスイッチが入ることがわかる。このとき pH センサーとして働く分子機構を調べる目的で、これまで知られているセンサーをノックアウトしたマクロファージで同じ実験を行って、マクロファージで見られる転写のスイッチはこれまで知られている pH センサーを用いていないことを確認する。
そこで pH 依存的に転写が変化する様々な可能性を探索した結果、最終的にエンハンサーとプロモーターをつなぐ BRD4 が核内で形成する相分離体がこのスイッチに関わることを発見する。BRD4 は離れたエンハンサーとプロモーターが結合する時に必須で、このとき BRD4 が持つ IDR(天然変性領域)を介して相分離体を形成し、様々なタンパク質をリクルートすることが知られている。
マクロファージの BRD4 を調べると pH 7.4 で形成されている相分離体が pH 6.5 になるとかなり減少すること、そしてこの減少に伴い炎症をプロモートする遺伝子の発現が低下することを発見する。
実際に BRD4 の相分離体が pH センサーとして働いているかを、蛍光ラベルした BRD4 を発現させたマクロファージを異なる pH 環境を行き来させる実験で調べている。この結果は、酸性環境では BRD やそれと結合して働く MED1 などの機能が損なわれるため、転写が低下することが天然のスイッチになっていることを示している。実際、BRD4 の機能をブロックすると、転写は低下するが、pH 6.5 で見られるよりは広範な遺伝子の発現が低下する。おそらくこの差は、エンハンサーとプロモーターの距離が離れているほど BRD4 相分離に依存性が高いためと考えられる。残念ながらこの研究で pH 6.5 環境で低下するとしてリストされた遺伝子調節に関わるエンハンサーの距離は調べられていないが、説得力のある説明だと思う。
以上、pH の変化による物理的相分離シフトが、遺伝子調節に関わり、炎症では病原体に対する反応の結果起こってくる環境の pH 変化を、炎症の抑制のスイッチとして使っているというシナリオは面白い。BRD4 は他にも多くの遺伝子の転写に関わっていることから、同じメカニズムを使った生理学過程が今後明らかになると期待できる。
pHの変化による物理的相分離シフトが、遺伝子調節に関わり、炎症では病原体に対する反応の結果起こってくる環境のpH変化を、炎症の抑制のスウィッチとして使っている!
imp.
相分離に遺伝子調節機能があるとは!