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8月7日 ACLY酵素阻害剤から明らかになった不思議なガン抑制メカニズム(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2025年8月7日
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実験の多くは結果を予想して進める。ただ一つの論文が仕上がるまで、だんだん予想が当たる確率は増えてくるのが普通で、予想が裏切られたまま論文としてまとめるのは難しい。

これに対して今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、予想を裏切る結果を粘ってよくまとめたと感じられるという点では面白い論文なので敢えて紹介することにした。タイトルは「ACLY inhibition promotes tumour immunity and suppresses liver cancer(ACLY 阻害はガン免疫を促進し肝臓ガンを抑える)」で、7月30日 Nature にオンライン掲載された。

この研究はクエン酸を Acethyl-CoA に変換する酵素 ACLY が肝臓ガンで上昇しているというこれまでの結果を基に、ACLY のガンの治療標的としての可能性を調べることを目的としている。そのために、ニトロソウレアによる変異誘導に高脂肪食を組み合わせたマウス肝臓ガンモデルを作成し、人の肝臓ガンにかなり近いことを確認したあと、このモデル実験系で ACLY を肝臓特異的にノックアウト、肝がん発生と ACLY の関係を調べている。

結果は予想通りで、完全ではないが ACLYノックアウトしたマウスではガンの増殖が抑制される(もちろんここで予想が外れたら研究は進まない)。

そこで、遺伝的ノックアウトの代わりに ACLY 阻害剤を、脂肪合成を抑制するとして知られる多くの化合物を調べ、SLC27A2 酵素により CoA チオエステルに変換されああと ACLY を競合的に阻害する化合物 EVT0185 を特定する。この転換は肝臓や肝臓ガンだけで起こるので、ACLY のような重要酵素の阻害が他の細胞の副作用なしに可能になる。

しかし、ACLYは TCA サイクルから出てくるクエン酸を Acetyl-CoA とオキザロ酢酸に変換し、TCAサイクルを脂肪合成につなぐ重要な経路で、すぐに他の経路で脂肪合成が始まると予想されるが、このときは幸いにも予想が外れ、肝臓ガンもモデル実験系でこの薬剤を経口投与すると、ガンの増殖を抑えることができた。

EVT0185 の ACLY との結合はタンパク質構造学的解析から ACLY の特異的な阻害剤と予想できるが、効果が本当に ACLY 阻害だけで発生しているのか調べるため、ACLY ノックアウトマウスで ETV0185 投与による肝臓細胞の脂肪合成を調べると、ACLY がノックアウトされて代償経路が発達した肝臓の脂肪合成も抑制できることがわかった。即ち、予想が外れ ETV0185 は他の脂肪合成経路も抑制できることがわかった。ただこれも予想が外れて幸いで、この結果代償性経路が発生しても、肝ガン特異的薬剤として利用できる可能性がある。事実、投与実験では肝臓ガンの増殖が抑えられる。

ではこの効果は予想したとおり、ガン細胞の脂肪合成を締め上げてガンを殺すからなのか?遺伝子発現などから効果メカニズムを探索した結果、予想は大外れで、ガン細胞自体の ACLY を阻害しているにもかかわらず、このガン細胞を免疫不全マウスに移植すると、ETV0185 のガン抑制効果が全く消失する。即ち、ガン増殖自体ではなく、ガンが免疫細胞を呼び込むメカニズムにこの薬剤が効いて、免疫を介してガンを抑制していることになる。

ガン免疫と言うと当然キラー細胞で、キラー細胞が誘導しにくいことが肝臓ガンの免疫治療が難しい原因になる。これまでの結果は、ともかくガンの脂肪代謝を変化させると、ガン免疫を誘導しやすくなることを示唆している。ただここでも予想が外れて、ノックアウトマウスで発生した肝ガン組織を詳しく調べると、ガン組織にはB細胞が主に浸潤している。そこで、CD20抗体でB細胞を除去すると、EVT0185ノガン抑制効果が消失する。

結果は以上で、期待通り脂肪合成経路を阻害して肝臓ガンを抑制する化合物を特定したが、そのメカニズムは全て予想に反した結果で、なぜB細胞浸潤が誘導されるのか、なぜB細胞が肝ガンに効くのかなどはわからずじまいで終わっている不思議な論文だ。このように予想に反する結果を論文にまとめ上げる力も研究者には要求される。ただ、ここまで予想が外れた化合物を、ガンに効くからと言って使うかどうかは難しい問題だ。

  1. okazaki yoshihisa より:

    期待通り脂肪合成経路を阻害して肝臓ガンを抑制する化合物を特定したが、そのメカニズムは全て予想に反した結果で、なぜB細胞浸潤が誘導されるのか、なぜB細胞が肝がんに効くのかなどはわからずじまいで終わっている不思議な論文!
    imp.
    予想外の連続する論文!
    何か重要な真実を示唆しているのかも?

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