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8月12日 プライム遺伝子編集の効率を RFdiffusion によるペプチド設計で高める(8月5日 Cell オンライン掲載論文)

2025年8月12日
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CRISPR システムを用いた遺伝子編集は、遺伝子切断による変異誘導や一塩基変換に関しては定着してきたが、遺伝子を組み換えたり、一定の領域を置き換える方法はまだまだ研究途上と言っていい。そんな一つが2019年に Liu らが開発したプライム遺伝子編集で、Cas9 に逆転写酵素を融合させ、標的をカットしたあと逆転写酵素で新しいDNA配列を合成させて、希望の配列に置き換える方法を指す。すでにヒト血液幹細胞を用いた遺伝子編集にも使われるなど期待は大きいが、新しく合成した DNA 鎖と元の配列に当然起こるミスマッチ修復メカニズムが働いてしまって、この遺伝子編集効率を大きく低下させるという問題があった。

今日紹介する韓国国立ソウル医科大学からの論文は、昨年ノーベル化学賞を受賞した Baker さんらが開発した RFdiffusion を用いてミスマッチ修復酵素複合体をブロックできるペプチドを設計し、それをプライム編集に組み込んで編集効率を8倍近く高められることを示した研究で、8月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「AI-generated MLH1 small binder improves prime editing efficiency(AI により設計した MLH1 結合ペプチドはプライム編集効率を高める)」だ。

プライム編集はこれまでも様々な改良が加えられ、特にミスマッチ修復システムに関わる酵素の機能抑制酵素を組み込んだ方法などが開発されたり、現在までに7バージョンの編集システムが開発されている。この研究では一歩進んで、ミスマッチ修復に必要な MLH1 と PMS2 の結合をブロックする全く新しいペプチドを、RFdiffusion を用いて設計し、プライム編集に組み込んでミスマッチ修復を抑えようと考えた。

Baker さんの方法が本当に多くの研究をインスパイアしているのがわかるが、MLH1 と PMS2 の結合サイトの4つのアミノ酸残基と相互作用できる80残基のペプチドを RFdiffusion を用いて設計し、最初にリストされたペプチドを、独自に開発した AlphaFold3 ベースの拮抗阻害ポテンシャル測定方法を用いてフィルターをかけ、最終的に得られた60種類のペプチドについてはプライム編集時に導入して効率を調べた。効率が3倍以上高まるペプチドが9種類得られており、比較的成功率は高いと言える。

この中から効率が6倍程度上昇した配列の一つをその後の研究に用いている。まずプライム編集システムと別々に細胞に導入してこれまでの方法と比較し、全ての細胞でこの方法が最も高い効率を示すことを確認している。また、この阻害効果が設計通り MLH1 への結合の結果である事も確認している。

その後、プライム編集コンストラクトにこのペプチドを組み込んだコンストラクトを作成、ヒトiPS細胞を含む様々な細胞でその効果を確認したあと、このコンストラクトを直接動物に注射して、肝臓細胞での igf2 遺伝子編集の効率について調べている。プラスミドを直接導入するという効率が高くないと思われる方法をなぜか用いているが、それでも1%近くの細胞で遺伝子の編集に成功している。

結果は以上で、今後デリバリーの方法を改善すれば、プライム編集が目指していた生体内での遺伝子配列の書き換えもぐっと近づいたと思う。また、RFdiffusion などで可能になる全く新しいペプチドデザインを細胞内の分子過程の制御に使うアイデアは、遺伝子編集にとどまらず、ポテンシャルは大きい。RFdiffusion をマスターして新しい利用法を開いたソウル医科大学のグループの今後に期待したい。

  1. Taro Yamada より:

    逆転写酵素で連想したのですが、テロメア配列のCRISPR切断はどういう結果を招くのでしょうか?

    また、例えば内部領域の切断で、Cas9にテロメラーゼを融合させると、そこが新たな染色体末端として機能するのでしょうか?

    1. nishikawa より:

      テロメアは短い配列が何千も繰り返していますが、うまく設計すればCas9で切断は可能かも知れません。ただその場合新しいテロメアが形成されることはなく、他の染色体とフュージョンする様な気がします。テロメア維持には多くの分子が関わっています。

  2. okazaki yoshihisa より:

    MLH1 と PMS2 の結合サイトの4つのアミノ酸残基と相互作用できる80残基のペプチドを RFdiffusion を用いて設計した!
    Imp:
    次々に新たなタンパク質を生み出すBaker先生
    真に革命だったんですね

    1. nishikawa より:

      岡崎さんLLMの勉強会を始めていますので、次回から案内を送ります。

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