薬剤の臨床効果を確かめる治験は第1相から3相まで、安全性、用量、効果、そして目標とする効果の達成について、対象になる患者さんを増加させながら進む。私自身には経験がないが、開発者にとって一番ハラハラするのが最終段階の第3相ではないだろうか。そこにまで至るすべての努力がこの段階にかかっており、またこの段階に必要なコストは半端でない。その結果が撤退と決まった場合、諦めるのは簡単でないはずだ。特にその薬剤にかけてきた研究者にとってはなんとか復活の道を探りたいと思うはずだ。もちろん多くの企業の場合、上からの命令でこれは叶わないことが多いだろう。しかし大学となると、研究者の独立性が強く、復活の道を探ることは稀ではない。今日紹介するミュンヘン工科大学からの論文はそんな例で、Cancer Cell誌1月号に掲載された。タイトルは「Dual-action combination therapy enhances angiogenesis while reducing tumor growth and spread(血管新生を促進しながらもガンの増殖や進展を押される2種類の薬剤作用を利用する治療法)」だ。このグループは、メルク社とともに血管新生に関わるインテグリンを阻害する化合物シレンギチドと呼ばれる分子の臨床応用を目指していたようだ。しかしグリオーマの血管新生抑制を目指した治験の最後の第3相段階で目標が達成できず撤退が決定される。断腸の思いだっただろう。だだ開発の中心は大学だったようで、簡単に諦めず復活の道を探していたようだ。そして、シレンギチドの量を10分の1に減らして血管新生への効果を見ると、なんと血管新生を増強することを発見した。そこで、間質反応が強いために抗がん剤が到達しにくい膵臓癌の化学療法を助ける薬としてシレンギチドを使えないかという問題に方向転換してこの論文に至ったようだ。研究ではシレンギチドにベラパミルという血管拡張剤を併用し、化学療法としては膵臓癌に最も使われているジェムシタビンを使って効果を見ている。詳細を全て省いて結果をまとめると次のようになる。1)まず低用量のシレンギチドはガンの血管新生を増強するが、血管自体は成熟しておらず漏出性が高い(薬剤も到達しやすい?)、2)シレンギチド自体でガンの薬剤取り込みを増強する効果がある、3)担ガンマウスにシレンギチドを投与するとガン血管が増強してガンの増殖が増える、4)しかしこれにジェムシタビンを組み合わせると今度はガンの増殖がジェムシタビン投与だけよりはるかに抑制できる、5)抑制効果はべラパミルを合わせることで増強する、6)3剤併用の場合、もちろんガンの増殖や進展は抑制され、ガンをより悪性化する低酸素状態が改善され、ジェムシタビンの取り込みが担ガン部位のみで上昇し、間質反応が低下し、転移も少ないという良いことずくめの結果で終わっている。マウスモデルとはいえ大きな期待を持てる結果だ。この結果でメルクが次の治験に乗るかどうかはわからないが、第3相まで進んだ薬剤を10分の1用量で使えばよく、ベラパミルもすでに臨床で使われている。ハードルは低いだろう。大学の研究室が創薬に関わることの利点の一つは、そう簡単に諦めないことだと思った。しかしこのグループにとってはまたハラハラする何年かが待っているのだろう。おそらくこれを知れば、患者さんはもっと大きな期待を持って見ていると思う。うまくいってほしい。