これまで乳ガンやグリオーマが神経細胞により増殖促進することを示す論文を紹介してきたが、今日紹介するドイツケルン大学からの論文は小細胞性肺ガンも神経細胞とシナプス形成して増殖に役立てることを示した研究で、9月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Functional synapses between neurons and small cell lung cancer(ニューロンと小細胞性肺ガンの間に形成される機能的シナプス)」だ (同じ時に、ほぼ同じ内容の論文がスタンフォード大学から発表されている)。
さて、小細胞性肺ガンは増殖促進に関わるドライバー遺伝子変異が見つからないという特徴があり標的治療が難しい。この特徴を生かした細胞周期を詳しく調べて、細胞周期チェックポイントをブロックできるサイクリンA/B阻害剤を開発したプロの仕事を先日紹介した(https://aasj.jp/news/watch/27361)。
この論文でも小細胞性肺ガンを誘導するとき、トランスポゾンがゲノム中に飛び込んで、遺伝子の抑制や活性化を誘導するシステムを利用し、小細胞性肺ガン発生に関わる遺伝子を探索している。この研究では追求されていないが、上に紹介した論文を裏書きするように、S期以降の細胞周期に関わる遺伝子の発現が高い。一方この論文ではこれとは全く異なるグループで神経シナプス形成分子の発現上昇に着目した。
そこで患者さんからのガンを調べると、やはり同じように神経シナプス機能に関わる遺伝子の発現が上昇している。即ち、ガン細胞が神経細胞とシナプス形成する可能性が考えられる。そこで、試験管内培養系、あるいはガンを移植した脳で組織学的に調べると、グルタミン酸トランスポーターを発現している細胞を中心に、明確なシナプス形成が見られる。実験的に発ガンを誘導する系では、ガン発生の初期からシナプスが形成されている。
あとは形態学的だけでなく、ガンとニューロン間に機能的シナプスが形成されていることを、まず狂犬病ウイルスを利用した逆行性にシナプス接合している神経を特定する方法を用いて確認したあと、試験管内及び脳に移植したガンのパッチクランプ法を用いた細胞膜興奮性の解析から、神経細胞と主にグルタミン酸作動性のシナプス形成が起こっていることを示している。
最後の問題は、シナプス形成によりガンの増殖が影響されるかだが、試験管内でのビデオ観察などを駆使して、神経とシナプス形成しているガン細胞の増殖が亢進していることを、またこの増殖をシナプスでの神経伝達をブロックすることで抑制できることを示している。
これが正しいと、当然グルタミン酸作動性シナプスを抑制することでガンの増殖を抑えることが予想される。移植ガンを用いて、最も発現が高いGRM8特異的阻害剤DCPG及び、特異性の低いグルタミン酸作動性シナプス阻害剤Riluzoleを用いて治療効果を調べている。
DCPGと比べてRiluzoleの方が効果が高いことから、おそらく様々なグルタミン酸受容体によるシナプスがガンの増殖を助けていると思えるが、DCPGも一定の効果が見られる。そして、一般的に使われる抗ガン剤と組み合わせると、動物の延命効果が高いことも示している。
同じ時に発表されたスタンフォード大学からの研究では、発ガン過程で肺に投射している迷走神経とのシナプス形成が発ガンに必須であることが示されており、決して脳転移だけでなく、末梢で小細胞性肺ガンは神経を利用していることが示されている。
以上ガンと神経との関係がまた一つ明らかにされた。