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11月14日 新しい抗うつ剤の設計(11月12日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月14日
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昨日に続いて抗うつ剤開発研究。それも中国の研究を紹介することにする。この研究を見ると中国の創薬力を実感することができるし、日本の創薬企業が相次いで中国企業と提携していることもわかる。

さて、昨日の中国アカデミー北京研究所からの論文は、ケタミンの作用をアデノシンシグナル増強と特定し、この機能だけを取り出すケタミン由来化合物の設計だったが、今日は抗うつ薬の本家本元、セロトニン受容体 (5HT1aR) 刺激剤の開発についての合肥大学からの論文で、11月12日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Pathway-selective 5-HT1AR agonist as a rapid antidepressant strategy(シグナル経路を選択する5HT1aRアゴニストは即効性の抗うつ剤になる)」だ。

うつ病ではセロトニン再吸収阻害剤が治療のスタンダードになるが、うつ病で活性が低下する大脳皮質や辺縁系のセロトニンの濃度を高めることで治療する方法だ。ただ2014年にこのブログで紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/2657)、セロトニンシナプスには調節ループが存在し、セロトニンを分泌する前シナプス細胞にも5HT1aRが発現して、セロトニンの作用で興奮が抑制される仕組みがある。このため、再吸収阻害剤や5HT1aRアゴニストの投与では、初期前シナプス作用の結果、ほしいセロトニンの効果が遅れるだけでなく、同じ神経のグルタミン酸シグナルも低下して自殺願望などを高めてしまう副作用があった。

この問題を根本的に解決するためには前シナプス細胞の5HT1aRに作用せず、後シナプス細胞の5HT1aRだけに作用する薬剤があるといいのだが、全く同じ受容体を区別するのは簡単ではない。一つの方法は先日紹介したこ論文(https://aasj.jp/news/watch/27708)のように、受容体と共役するGタンパク質を選択的に抑制して前シナプス5HT1aRを働かなくすることだが、5HT1aRについては報告はない。もう一つの方法は5HT1aRの構造を理解して、特定のGタンパク質との選択性を高める方法で、今年6月に紹介したスウェーデンからの論文(https://aasj.jp/news/watch/27009)はそれを代表している。ただ、この研究でも異なるタイプのGタンパクとの特異性を捜査するところまではいっていない。

この研究ではセロトニン再吸収阻害剤とβ遮断薬ピンドロールを併用すると、前シナプスの興奮が抑えられ、効果が遅れるのを防げるという現象に着目した。即ち、ピンドロールが5HT1aRに弱く結合し、前シナプスではHT1aR抑制に、後シナプスではHT1aR活性化に働くという現象で、ピンドロールがHT1aRの下流シグナルを操作できる可能性を示唆している。

そこで、これまで開発されたHT1aRアゴニストで刺激したときにリクルートされるGタンパク質の種類とピンドロール刺激によるGタンパク質を比較し、ピンドロールだけがG0選択性を持っていることを発見する。

次に、それぞれのアゴニストやピンドロールとHT1aRの結合状態をクライオ電顕や、HT1aRへの変異導入実験から詳しく調べ、Gタンパク質選択性が生まれる構造基盤を明らかにし、α4-β6ループとして知られる構造とN末端のα5ヘリックスがG0選択性に関わることを発見する。

この構造解析に基づき、ピンドロールを起点によりHT1aRへの特異性を高めつつ、他のGタンパク質のリクルートを誘導しないリガンドTMU4142を完成させている。TMU4142でHT1aRを刺激すると、他のリガンドと比べG0Aの活性化が10-20倍程度上昇、一方Gi3の活性化は10-20倍低下すること、そしてアレスチンのリクルートは全く起こらないことを確認している。

最後にマウスのうつ病モデルでこの薬剤を腹腔注射すると、前シナプスの刺激がほとんど起こらず、その結果後シナプス刺激が遅れなく発揮され、うつ状態を抑えられる事を示している。

以上が結果で、ピンドロールというお手本はあったにせよ、同じ受容体のGタンパク選択性を操作する薬剤を開発した力量は高く評価できる。これまでうつ病に関する創薬研究を何度も紹介してきているが、少なくとも5回は中国の研究だった。すなわち、うつ病という最もホットな精神疾患創薬領域で、アカデミアがこれほどの力を発揮できているのを見ると、我が国も虚心坦懐に学ぶ必要があると思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    ピンドロールというお手本はあったにせよ、同じ受容体のGタンパク選択性を操作する薬剤を開発した力量は高く評価できる。
    imp.
    中国の創薬力はアメリカに並ぶレベルに到達したと思われ。
    近く、made in chainaの表示を見かけるようになる予感!

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