自閉症の科学を連載していた頃はゲノム研究が急速に進んだ時期で、Natureのような一般紙でも様々な精神や発達障害の研究を目にしたので、まとめておこうと思った。しかしこのようなブームは去って、専門誌は見ていないのでわからないが、ASDやADHDの研究論文が一般紙に載る機会は急減し、連載をやめた。
今日紹介するADHDのゲノム研究を常にリードしているデンマーク Aarhus大学からの論文は、ADHDと診断されたなんと8895人についてエクソーム配列を調べ、タンパク質をコードする遺伝子の変異を特定して、ADHDの成立過程を探ろうとする研究で、11月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rare genetic variants confer a high risk of ADHD and implicate neuronal biology(希な遺伝変異はADHDのリスクを高め背景にある神経機能を示唆する)」だ。
9000人近いADHDの人たちを集め、発現するタンパク質レベルの変異を見つけてメカニズムを解析するのは他の病気でも行われてきた。正直ASDでは2021年に大規模エクソーム解析論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)。
この時と比べこの研究はADHDを扱っていることと、変異をさらに病気への寄与が大きな rare variant (class I variant) と効果は小さいが比較的多い class II variant にわけ、病気への寄与で言うとオッズ比で6-15倍という高いリスクが認められた3種類の遺伝子を特定したことが新しい。即ち、正真正銘 class I variant に絞って解析したのが重要だ。他にも class I に近い遺伝子を20近く特定しているが、ここではこの3種類の遺伝子についての解析だけを紹介する。
この3つの遺伝子は、微小管の形成に関わると考えられる MAP1A 、 クロライドチャンネル ANO8 、イオンチャンネル局在化に関わる ANK2 で、MAP1A は神経発生に関わるし、ANO8 、ANK2 はそれぞれ神経伝達に関わる重要な遺伝子なので、なるほどと思う。また、ASDと比べて軽い障害としてみてしまうが、これらの遺伝子の機能に関わる変異となると、ADHDも同じぐらい深刻な状態と考えた方がいいように思える。さらに、これらの遺伝子上に認められる変異は機能に大きな影響があると考えられる変異が圧倒的に多い。
ただなるほどと納得できる遺伝子がリストされても、ADHDのメカニズムとの関わりとなるとハードルが高い。このギャップを埋めるため、この研究では正常人の iPS細胞から神経前駆細胞や興奮神経細胞を誘導して、3種類のタンパク質が神経細胞内でどのような相互作用ネットワークを作っているのか調べている。
3種類の遺伝子とも神経細胞で発現しているのは当然だが、iPS細胞由来の神経細胞を用いてこれらの分子と相互作用しているタンパク質をネットワーク解析でリストすると、それらの多くがすでにADHDやASD等の rare variant としてリストされている分子である事がわかった。さらに、これら相互作用タンパク質は生前生後の神経発生で発現が上昇することも確認できている。そして、特にGAGA作動性の抑制性神経で発現が高いこともわかる。即ち、class I の rare variant を中心に、他のリスク遺伝子が相互作用ネットワークを形成し、この関連を通してそれぞれもADHDのリスク遺伝子になっていることがわかる。
このゲノム構築はすでにASDでも何度も紹介した構築に近い。実際、3種類の遺伝子のうち、ANK2はASDリスク遺伝子としてよく知られている。また3つのネットワークに参加する遺伝子の中にはASDや統合失調症のリスク遺伝子とオーバーラップする。
以上のように希な遺伝子機能異常をベースにして見直すことで、ADHDも脳の様々な器質的な変化をベースにして発生すると考えられ、これはADHDに知能障害が併発することや、その後の教育や社会的な状態が通常より低下してしまうことからもわかる。
これまでADHDはASDと比べてより軽い状態と思ってしまっていたが、ゲノムベースで分類することで、ASDと同じで脳発達に基づく重要な状態であることがわかる。ただ、これらの発見から治療のための戦略が生まれないと分類するだけではむなしい。是非次の段階への研究が進んでほしい。

1:希な遺伝子機能異常をベースにして見直すことで、ADHDも脳の様々な器質的な変化をベースにして発生する.
2:ゲノムベースで分類することで、ASDと同じで脳発達に基づく重要な状態である.
Imp:
研究にもブームのような流れがあるようです。