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13月21日 胃ガンの幹細胞(12月18日 Science 掲載論文)

2025年12月21日
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私が医学部を卒業した頃は、ガンの中では胃ガンが男女ともにトップだった。しかしピロリ菌の感染率の低下とともに罹患率は低下し、現在では男女とも4番目に多いガンになっている。それでも頻度の高いガンだが、研究に目を移すと研究人口は少ないように思う。実際、既に5000回に近づいているこのブログで紹介した胃ガンの研究論文は、数えるほどしかなく、紹介した大腸ガンの研究論文の数とは比較にならない。

今日紹介するシンガポール A*STAR からの論文は、マウスの実験胃ガンモデルとヒトの胃ガンを比べながら胃ガンの幹細胞を探った研究で、珍しいので紹介することにした。タイトルは「AQP5: A functional gastric cancer stem cell marker in mouse and human tumors(AQP5:マウスとヒトの胃ガンの機能的な幹細胞マーカー)で、12月18日号 Science に掲載された。

胃上皮の難しさは、Wntシグナルが増殖の中心にある腸上皮と違って、Wnt以外にEGFR、Notchi、Hippo/Yap 等様々なシグナルが、しかも領域依存的に働いている。加えてピロリ菌感染による炎症や消化管ホルモンなどが加わるため、発ガンにいたるドライバーも単純でない。

ガンを単一の細胞の集団ではなく、正常組織のように幹細胞から増殖前駆細胞、そして分化細胞までの階層性を持った集団と考えるのが常識になってきたが、胃ガンでは腸のガンで使えるWntシグナルに関わるLgr5が使えないため、階層構造を定義することが難しかった。

このグループは水分子のチャンネル aquaporin5 (AQP5) をガン幹細胞のマーカーとして使えるのでは着想し、この可能性をマウス実験胃ガンモデルや、ヒト胃ガンで調べている。そのため、AQP5遺伝子に蛍光標識など様々な遺伝子が導入できるようにしたマウスを作成し、まず正常の胃でAQP5の発現パターンを調べている。この研究では基本的に幽門を対象としているが、基底膜上部の幹細胞領域に発現が認められる。このマウスに大腸ガンと同じ遺伝子セットを誘導するとガンが発生するが、ガン細胞は初期からAQP5を発現している。人間の胃ガンでもAQP5発現を調べ、様々なタイプでガン細胞がAQP5を発現していることを確認している。

重要なのはガンといえどもAQP5陽性と陰性に分かれることで、上皮を培養するオルガノイド培養を行うと、AQP5陽性陰性を問わずオルガノイドは形成されるが、AQP5陽性細胞のみが増殖を続ける。またマウスの幽門部に移植すると、AQP5陽性細胞のみガン増殖を示す。同じ実験をヒト胃ガンサンプルを用いて行うと、オルガノイド増殖及び移植でのガン増殖能力がAQP5陽性細胞で高いことから、AQP5はガン幹細胞のマーカーになると結論している。

では、オルガノイドや移植実験でAQP5陽性細胞を途中で除去すると、増殖は抑えられるだろうか?この問題を調べるため、AQP5陽性細胞をジフテリアトキシンで除去する実験系で調べ、増殖が始まった後でもAQP5を除去することでガン全体を除去できることを示している。

水分子チャンネルAQP5が直接ガンのドライバーになることはないが、AQP5をノックアウトするとガンの増殖は低下する。これはヒト胃ガンオルガノイド、マウス胃ガンモデル、肝臓転移マウス胃ガンでも認められるので、AQP5は増殖を促進する効果があることは間違いない。例えばAQP5ノックアウトすると、マトリックスを分解する酵素の発現が低下し、また様々な増殖シグナル分子の活性化が低下することから、水分子チャンネルと増殖因子の間に重要なシグナル経路があることがわかった。

以上が結果で、これで胃ガンの標的薬が見つかったという話にはならないが、標的細胞がはっきりしたこと、AQP5の役割もはっきりしたことから、水分子チャンネルを標的に出来なくても、これに関わる標的を特定して、胃ガン共通の標的薬を発見できる可能性はある。

  1. okazaki yoshihisa より:

    水チャンネルAQP5が直接ガンのドライバーになることはないが、AQP5をノックアウトするとガンの増殖は低下する!
    imp.
    水チャンネルが新たな創薬標的に。

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