エストロジェン受容体陽性乳ガンに対して、Palbociclib をはじめとするCDK4/6阻害剤 (C4/6i) を、例えばエストロジェン受容体を分解する fluvestrant などのホルモン抑制剤 (Eri) を組み合わせた治療は、進行性の乳ガンの抑制を可能にした革新的治療として広く利用されている。しかし治療を続けると、またしても治療耐性が発生することから、次の一手が求められていた。耐性乳ガンを調べると3-4割がPIK3CA分子の変異が見つかり、2-3割にPI3Kシグナルを抑制しているPTEN分子の欠損が見られることがわかってきた。事実 PI3K/AKT/mTOR として知られるシグナル経路の阻害剤は耐性乳ガンに対して効果を発揮し、現在様々な治験が進んでいる。
今日紹介する南デンマーク大学からの論文は、異なる変異を持つ C4/6i+Eri 耐性腫瘍に対するPI3K/AKT/mTOR 経路の異なる分子を標的にした阻害剤の効果を、人間の乳ガンを移植したマウスを用いて素朴に調べた論文で、研究としては古典的で、よくこのレベルの雑誌にアクセプトされたなと思うが、臨床の疑問に答えるという意味では重要な論文と言っていいだろう。タイトルは「Dual PI3K/mTOR inhibition is required to combat resistance to CDK4/6 inhibitor and endocrine therapy in PIK3CA-mutant breast cancer(PIK3CA変異を持つCDK4/6阻害剤と内分泌治療に抵抗性の乳ガンを抑制するためにはPI3K/mTOR両方に効果がある阻害剤が必要だ)」で、12月27日号の Science Translational Medicine に掲載された。
この研究ではまずPI3Kの構成分子PIK3CAの変異を持つ耐性乳ガンの試験管内増殖を、この経路の別々の分子、即ちPI3K阻害剤 (PI3Ki) 、AKT阻害剤 (AKTi) 、mTOR阻害剤(mTORi) 、そしてPI3K及びmTORの両方の阻害剤 (PMi) 、それぞれ薬剤の名前で言うと、alpelisib、capivasertib、sapanisertib、gedatolisibを、CDK4/6iとERiと同時に加えて調べている。結果は、試験管内の増殖はどの阻害剤を組み合わせても耐性ガンを完全に抑制することが出来た。しかし、同じ耐性ガンをマウスに移植して治療実験を行うと、全て一定の効果はあるものの、PI3KとmTORを両方阻害する gedatolisib のみが12週以上続く効果を発揮した。
一方、PTEN欠損による耐性乳ガンには、PI3Kより下流のAKTiやmTORiが効果を示した。
PIK3CA変異を持つ耐性乳ガンについては、さらにPI3KiとPMiを詳しく比べ、単独阻害では長続きせずPI3K+mTOR両方を阻害するPMiが必須であることを示している。
この理由については、PI3Ki単独ではAKTの再活性化によるリバウンドが起こることが知られているが、これに加えてPMiの場合HIF1αと言った他のシグナルが合わせて阻害されるため、効果が続くことを示している。
以上が結果で、まとめるとCDK4/6i+Eri耐性が発生した乳ガンの場合、遺伝子診断を行いPIK3CAの変異が見つかった場合は、PI3K単独阻害剤ではなく、PI3KとmTORの両方を阻害するPMiを使うべきだが、PTEN欠損による耐性獲得の場合はAKTやmTOR阻害剤を用いることが次の一手になるという結論だ。
PI3K/AKT/mTORシグナル経路のどの阻害剤を選べばいいのかという臨床からの疑問に答えてくれる研究として評価できるが、実際の臨床になると、この経路はインシュリンの作用にも密接に関わっており、強い服作用が予想される。従って、例えばPMiのようにPi3KとmTORの両方を阻害する場合、予想される代謝異常をどのようにコントロールするのか、医者の匙加減が試されるようになる。いずれにせよ、ここで検討された薬剤の多くは現在乳ガンでの治験が行われており、期待したい。

CDK4/6i+Eri耐性が発生した乳ガンの場合、
1:遺伝子診断を行いPIK3CAの変異が見つかった場合は、PI3K単独阻害剤ではなく、PI3KとmTORの両方を阻害するPMiを使うべきだが、
2:PTEN欠損による耐性獲得の場合はAKTやmTOR阻害剤を用いることが次の一手になる
Imp:
分子標的薬の耐性問題解決策。
シグナル伝達系を俯瞰して戦力を練る。