昨日は育メン行動を押さえるのが Agouti という予想外の面白い話だった。Agouti 自体は毛色を決める分子だが、Agouti 関連タンパク質は食欲を調節する重要な柱だ。他にもレプチンやオレキシン、そして GLP-1 と食欲を調節するペプチドホルモンは研究が進んでおり、どの組み合わせになるかはともかく、近いうちにこの領域からノーベル賞が出てもおかしくない。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、相手の痛みを見て、自分の痛みとして感じる共感行動に、今度は我が国の柳沢さんが発見した食欲調節ペプチド、オレキシンが関わっているというオレキシン作用の多様性を物語る面白い話で、2月19日号の Science に掲載された。タイトルは「Empathy and prosocial behavior powered by orexin-driven theta oscillations(共感と社会的行動はオレキシンによって誘導されるテータ波により駆動される)」だ。
この研究が対象にしている行動を説明すると次のようになる。 同じケージで飼育しているマウスが電気ショックで苦しんでいるのを見ると、マウスでもすくんでしまう。これが代理凍結 (Vicarious freezing)と呼ばれる行動だ。この後同じケージに戻すと、共感を感じた場合、相手を思いやり毛繕いを行うことが観察される。これらの行動は、観察者の方が実験より前に自分も電気ショックを経験しているかどうかで、変化することが知られている。
まず代理凍結の強さだが、自分で痛みを経験している方が強い。しかし、経験しないマウスでもある程度相手の痛みが理解できてフリーズする。ただ最も大きな違いが見られるのは、ショックの後同じケージに戻ったとき、自分が痛みを経験している場合、毛繕いなど共感行動が強く見られるが、経験がないとレベルが低い。
この行動はよく研究されており、対応する脳領域も前帯状皮質である事がわかっている。この部位の興奮をカルシウム流入で調べると、5−7Hzの領域で、まず代理凍結時に興奮が見られる。興奮レベルは圧倒的に痛みを経験していると高まるが、痛みを理解していない場合もある程度興奮する。しかし、自分が経験していない場合、一緒のケージに戻っても全く興奮は見られないが、経験している場合、同じ5−7Hzに強い興奮が見られる。即ち、自分も痛みを知っている場合、代理凍結から共感行動まで、同じ前帯状皮質の神経細胞興奮により行動がドライブされている。
前帯状皮質にはオレキシンを分泌する神経が視床下部から投射されているが、代理凍結とその後の共感行動時にオレキシン分泌を調べると、オレキシンの分泌がそれぞれの行動時に上昇する事が確認される。オレキシンは、食欲や眠りだけでなく、情動や意欲にも関わることがわかっているので、視床下部のオレキシン分泌細胞を抑制すると、痛みを経験したマウスだけで代理凍結から共感行動時の帯状皮質の興奮が抑えられ、特に共感行動が低下する。
さらにタイミングを AI でコントロールしてオレキシン分泌神経を操作する実験を行い、代理凍結時に前帯状皮質の興奮を刺激しているのが視床下部オレキシン神経である事、そして以前に自分が経験した痛みの記憶が、このオレキシン神経興奮としてリコールされ、共感行動を誘導することが明らかになった。
以上が結果で、前帯状回と共感行動については明らかにされていたが、この研究で視床下部のオレキシン神経が前帯状回の神経の5-7Hz神経興奮を誘導して、行動を制御することが明らかになった。昨日の Agouti もそうだが、食欲ペプチドとして最初同定されたオレキシンも研究が進むと、眠りや今回の共感行動に至るまで、多くの行動に関わることが明らかになっている。今はやりのGLP-1受容体刺激ペプチドも、ひょっとしたら私たちの知らない行動変容を誘導している可能性もある。臨床例の慎重な観察が必要だと思う。
