様々な疫学調査で、人間や動物が高地に順応すると糖尿病の頻度が低下することが指摘されている。人間だけでなく、チベットのブタではインシュリン感受性が高まっていることが知られており、高地、即ち低酸素環境がこの状態に関わることが示唆されている。
今日紹介する米国 Arc研究所からの論文は、高地で血糖が低下するメカニズムを明らかにした研究で、2月19日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Red blood cells serve as a primary glucose sink to improve glucose tolerance at altitude(赤血球は主要なグルコースのシンクとして働き、高地でのグルコース耐性を高める)」だ。
まず、高地で糖代謝を調べた様々な論文がリストされ、この現象が生活習慣の違いではなく高地に対する動物の生理学的反応である事が示される。この中で面白いのは、シェルパと一般人を比べ、高地によるグルコース低下がシェルパでは見られないことが示された点だ。一方、ペルーのアンデスに住む住民では血中グルコースが低い。シェルパの高地適応は心血管系の遺伝子多型で、血中の赤血球は高地順応で増えない。一方、アンデス人は赤血球が高いことから、高地でグルコースが低下するのは赤血球が増えることが原因である事が示唆される。
この研究ではマウスを低酸素状態(通常21%を8%で飼育)に置くと、ブドウ糖を摂取したときのブドウ糖の低下、即ち耐糖能が上試乗する。ただ、これはインシュリンに対する感受性が上がったからではない。また、FDG-PETを用いてブドウ糖取り込み臓器を調べると、特定の臓器で取り込みが上がって代謝されているわけでないことがわかる。
そこで、赤血球の数と血中グルコースの関係を調べるため、瀉血野輸血で血中赤血球数を変化させると、低酸素にしなくても血中グルコースの低下が見られる。すなわち、肝臓や筋肉と同じようにグルコースは赤血球にも取り込まれており、赤血球数が上昇するとこのシンク機能が発揮され、血中グルコースが低下すると考えられる。
ただ、グルコースを取り込むためにはトランスポーターが必要になる。そこで、低酸素状態で飼育したマウスの赤血球を調べると、Glut1、Glut4トランスポーターの発現量が上昇している。赤血球は新しいタンパク質は合成できないため、低酸素状態で合成された赤血球でトランスポーターの発現が上昇して、シンク機能を高めていることがわかる。
さらに、赤血球内でのグルコース代謝が低酸素で変化する可能性も調べ、グルコースから2,3-DPGを作るLRシャントと呼ばれる代謝経路が高まっており、低酸素で赤血球内に2,3-DPGが急速に増加することを明らかにしている。この経路は、ヘモブロビンの構造を安定化させ、ヘモグロビンから酸素の遊離を高める。この低酸素に対する生理反応により、グルコースが赤血球内で消費できるようになっている。
しかし、これに関わる酵素を新しく合成することは赤血球では不可能なので、グルコース代謝が上昇する原因を調べ、赤血球では通常Band-3膜タンパク質に結合して膜に局在することで機能が抑えられている解糖系酵素が、低酸素により細胞質に移行する事で解糖が起こることを突き止める。そして、この膜から細胞質への移行が、低酸素により形成されたデオキシヘモグロビンがBand-3と結合し、代わりに解糖系酵素が細胞質へと移行する事を明らかにしている。
以上、基本的には赤血球が増加して、新しくできた赤血球でのグルコース取り込みと代謝が上昇する事で、高地で血中グルコース上昇が抑えられるメカニズムである事を明らかにしている。とすると、高地順応によりグルコース代謝が改善するはずで、糖尿病を誘導したマウスの血中グルコースが低酸素で低下すること、更にはヘモグロビンに結合して低酸素状態と同じに変化させる薬剤でも耐糖能が改善することを示している。
以上、間違いなく高地で生活すれば糖代謝は改善するので、高地へと移住できる可能性にある人は考えてみてもいい治療になる。

赤血球が増加して、新しくできた赤血球でのグルコース取り込みと代謝が上昇する事で、高地で血中グルコース上昇が抑えられるメカニズム
Imp:
機能が抑えられている解糖系酵素が、低酸素により細胞質に移行する事で解糖が起こる!
こんな仕組みが赤血球にあったとは。