DNAを複製するには、まず2本鎖DNAをヘリカーゼと呼ばれる酵素で一本鎖へとほどいた後、それぞれの一本鎖を鋳型にしてDNAポリメラーゼで複製する。一見簡単なように思えるが、本当は結構難しい。なぜなら、DNAポリメラーゼは5’から3’方向にしか動かないので、片方はほどきながら連続的に複製できるのに、もう片方の鋳型は向きが逆さまなので、ほどく方向とは逆に複製することが必要で、このため逆向きに、断片的に複製して、それをリガーゼでつないでいる。このメカニズム気づいたのが白血病で亡くなられた名古屋大学の岡崎博士で、このリガーゼでつないで一本になる前の複製断片を、岡崎フラグメントと呼んでいる。この各DNA鎖の複製モードの違いに対応し、純向きの(リーディング鎖と呼ぶ)スムースな複製はポリメラーゼε、逆向き(ラギング鎖と呼ぶ)の複製はプライマーゼとも呼ばれるRNAプライマーを作って少しだけ複製するポリメラーゼαとプライマーを使って岡崎フラグメントを生成するポリメラーゼδが行っていることが知られている。最近この岡崎フラグメントを全ゲノムにわたって決めることが行われ、だいたい200塩基ぐらいの長さだが、含む配列により大きなバリエーションがあることがわかってきた。前置きが長くなったが、今日紹介するエジンバラ大学からの研究は、岡崎フラグメント形成が遺伝子変異生成と深くかかわることを示す研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Lagging-strand replication shapes the mutational landscape of the genome(ラギング鎖側の複製がゲノムの突然変異の生成を決めている)」だ。よく読むと、この論文の主眼は、後で紹介するそれぞれのポリメラーゼがDNAのどの部分を複製したかを決める方法の開発のようだ。ただ、更にいい論文にするために、正確に複製するための安全機構が何重にも存在するのに、分裂とともに変異がDNAに一定の確率で入るメカニズムの解明を選んで、新しい方法を使っている。この研究では酵母を使って、まずDNAの変異が岡崎フラグメントがリガーゼでつなぎ合わされる結合部に集中していることを示して、この犯人が最初にラギング鎖の複製にかかわる、複製の正確性に欠けるポリメラーゼαと狙いを定める。もちろん普通、こんな危なっかしいポリメラーゼαで複製された部分は後からきたポリメラーゼδにより除かれるので心配はないのだが、もし他のタンパクがポリメラーゼαにより複製されたばかりのDNA鎖に結合すると、ポリメラーゼαによって複製された部分がDNAに残って変異の主原因になると考えると、岡崎フラグメント結合部に変異が集中することを説明できるという仮説を立てた。これを証明するため、実際にポリメラーゼαによって複製された部分がゲノムにどの程度残るのかを調べるために、新しく開発したEmbRiboSeqと呼んでいる方法を使っている。原理は、ポリメラーゼαが複製するときだけDNAの代わりにRNAを使うポリメラーゼの突然変異を使って複製させると、ゲノムの中でポリメラーゼαにより複製された部分だけRNAに置き換わる状態が生じる。普通はこのようなRNAはすぐ除去されるが、酵母でこのRNA除去酵素が欠損した系統を使うとRNAがそのままゲノムに残る。複製されたDNAを生成した後、今度はRNA除去のための酵素で処理すると、RNAに置き換わった部分だけに切れ目が入り、そこに塩基配列を決定するためのプライマーを結合させることで、RNAに置き換わった部分だけ配列を決めることができる。すなわち、ポリメラーゼαによって複製された部分をゲノム全体にわたってマップすることができる。結果は、酵母ゲノムの約2%位はポリメラーゼαによって複製された断片が残っており、特にこの断片に転写因子などが結合する配列があると変異の確率が上がるということがわかった。まとめると、ポリメラーゼαが短い断片を形成した時、転写因子などが新しくできた部位に結合すると、ポリメラーゼδの侵入を阻んでしまって、不正確なポリメラーゼαで複製された部分がゲノムに残ることで変異が導入されるという説だ。長くなったが、この結果は複製も転写も、ともに遺伝子変異を高めるメカニズムを明確に示したもので、進化やガンを考えるためにも重要な結果だと思った。しかし、久しぶりに岡崎フラグメントに直接関わる論文を読んだ。私の世代の友人の中には岡崎さんから直接薫陶を受けた人たちがいるが、素晴らしい人だったことはいつも聞かされている。お会いできなかったのが残念だ。