現役時代、組織学に並外れたセンスを持っていた吉田尚弘さんのおかげで、胎児や組織全体を立体的に免疫染色する方法を多用した。2次元の組織染色と比べ、全体像がつかみやすいため、特に発生過程を追跡する研究には欠かせないテクノロジーだった。
今日紹介する米国・ジョンズホプキンス大学からの論文は、現在驚くべき勢いで利用が拡大しつつある2次元の空間トランスクリプトーム解析を、3次元でも使える様にしたうえで、生後の毛根発生について解析した画期的な研究で、7月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Four-dimensional molecular mapping from a spatial snapshot reveals the dynamics of hair follicle organogenesis(空間的スナップショットの4次元分子マッピングは毛根形成のダイナミックスを明らかにする)」だ。
この研究では調べたいRNAを組織上で増幅してから、蛍光プローブと反応させて特定のRNA配列を組織上で特定する Padlock hybridization and sequencing と呼ばれる方法を用いている。空間トランスクリプトーム解析として普及している Xenium も同じ方法に基づいている。
ただ、現在使われている2次元組織の解析ではなく、400ミクロンの厚さの皮膚を切り出して、組織ごと解析を行うためには、様々な問題を解決する必要があった。遺伝子解析時に組織が壊れないようゲルで固める方法の開発、RNA以外の分子の除去など、様々な条件検討が行われている。特に論文で強調されているのはDNAを完全に消化してしまう必要性で、これにより初めて大きなプローブが組織全体に染み渡るようになる。
この研究では皮膚と毛根の発生を調べるのに適した85種類の遺伝子発現を一つの3次元組織で検出し、毛根の生後発生で起こる毛根内の分子発現変化を追跡している。こうして毛根での遺伝子発現を立体的に見られるということがこの研究の全てで、まず今回の結果を公開しているデータベースを是非見てほしい(https://jef.works/CellCarto-3DEEP/)。皮膚から突き出た単純な構造から、極めて複雑だが、空間的に美しく配置された遺伝子発現から区別することができる毛根の立体構造が手に取るようにわかるよう出来ている。
研究ではケラチノサイトやメラノサイトの幹細胞を支えるニッチが形成され、休止期の幹細胞がトラップされるとともに、増殖幹細胞が hair bulb へと下がっていく過程が、例えばケラチン分子、幹細胞分子、さらにニッチ分子と一緒に示されるのは圧巻だ。しかし3次元トランスクリプトームが出来たからと言って、東大医科研の西村さんたちが明らかにしてきた過程を再提示しているだけで特に新しいことは見つからない。
それでも構造がはっきりすることで見え始める過程もある。ここでは毛根形成の最終段階で起こる、毛根が体表で外界に開くカナル形成について詳しく調べ、構造的には inner root sheeth により毛根内に形成されるシャフトが上部に伸びて皮膚を突き抜けると考えている。ただ、メカニカルに破断するとは考えにくいので、他の遺伝子発現を調べることで、inner root sheath と呼応して起こる表皮側の変化も明らかになるだろう。
新しいという意味でおもしろかったのは Foxn1欠損のヌードマウスの解析で、毛根形成はほとんど同じタイミングで進んでいくが、Foxn1欠損により毛根全般の遺伝子発現がずれてしまって、完全性が維持できないため、毛が途中で脱落する可能性を示している。最近の研究についてはあまりフォローしていないが、ヌードマウスの解析としては少なくとも私にとってはフレッシュな考え方で、3次元空間トランスクリプトームの威力に感心した。
結果は以上で、ともかく3次元空間トランスクリプトームができるようになったこと自体が重要だ。組織自体の汎用性は広いため、MERFISHを はじめとする様々な方法とも組み合わせられるようになるだろう。

2次元の空間トランスクリプトーム解析を、3次元でも使える様にしたうえで、生後の毛根発生について解析した画期的な研究
Imp:
ついに3次元データー解析が可能になりました。