タンパク質のデザインに AI が使われるのは珍しくもなんともない。しかし AI の専門家ではない生命科学の大御所が AI を利用した論文は、なかなか味がある。例えばエピジェネティックス研究の大家 Richar Young が ESM2 を利用してタンパク質の細胞局在を予測する方法の開発(ProtGPS: https://aasj.jp/news/watch/26318)では、大御所ならではの明確な研究目的の設定など、生成 AI もプロが使うようになるとさらに大きな発展があることを予感させた。
今日紹介するのは遺伝子編集の大御所中の大御所 Doudna さんが、コンパクトな遺伝子編集分子を AI を用いてデザインした論文で、AI と専門知識の共同することの重要性を見事に示した研究で、7月16日 Science に掲載された。タイトルは「Structure and evolution-guided design of minimal RNA-guided nucleases(最小限のRNAガイドによるヌクレアーゼを構造と進化をベースにデザインする)」だ。
遺伝子編集には細胞への導入効率の点で、遺伝子をできるだけ小さくすることが重要になる。この点で、Doudna さんたちが開発してきた CRISPR/Cas システムより小型のシステムとして、Cas12 の祖先筋のトランスポゾン TnpB が注目されている。この研究の目的は、現存する TnpB を人工的にデザインしてより小さな RNA/DNA 配列を認識して遺伝子を切断する人工酵素を作ることだ。
これまでの生命科学では、これを実現するため既存の TnpB に変異や欠損をランダムに導入する人工進化システムが使われていたが、この役目を生成AIにやらせて見ようというのが今回の研究だ。現存の生命のゲノムに残っている進化経路以外にも、多くの潜在的進化経路が存在し、それを生成 AI が確率空間として表現しているとすると、Doudna さんが AI を利用しようとするのも当然の成り行きだ。
このために彼女が選んだ AI が ESM-IF と呼ばれる2022年に開発されたモデルで、タンパク質の構造を入力すると、アミノ酸配列が出力されるというアルファフォールドの逆モデルだ。おそらく、TnpB や Cas の構造を熟知した Doudna さんならではの選択に思える。
ただ使ってみると、Doudna さんの期待は裏切られ、彼女がこの分子の機能に最も重要と考えるアミノ酸まで自由に変えたアウトプットが出てくることに気づいた。そこで、構造だけでなく、実際に進化過程で保存されたアミノ酸部位を条件として与えて、この制限の範囲内で自由に設計できる方法を考えた。実際には、TnpB としての保存度 (Co) と、TnpB が様々な配列の RNA や DNA に合わせて共進化する coupling strength をσとして、この閾値を研究者が決めることで設計の自由度を制限する方法を開発した。この coupling strength 等はまさに遺伝子編集分子を熟知した Doudna さんならではの境地だと思う。
さらに、RNA/DNA 結合ドメインとヌクレアーゼドメインを一体としてデザインさせると、相互に作用し合って設計が難しくなることを考慮して、それぞれのドメインの設計を、実際の TnpB の持つもう一つのドメインと結合させて制限するインプットで行わせ、現存する TnpB と比べて72-83%という多様性を持つ人工 TnpB を生成させることに成功している。ここにも専門家の視点が生きている。
こうして生成した TnpB の機能はバクテリアの生存としてチェックできるので1万個を超えるアウトプットでも評価が可能で、最終的に実際の TnpB と同じかそれ以上の編集効率を持つ9種類の人工 TnpB の設計に成功している。
この人工 TnpB を用いてヒト腎臓細胞株での遺伝子編集効率を、実際の TnpB と比べ、条件によっては5倍以上の効率で働くことを明らかにしている。その上で、何故人工 TnpB で効率が高いかをクライオ電顕で構造比較し、新しくデザインされた分子では、より核酸との結合が安定化するアミノ酸が導入されていること、さらに TnpB の進化過程では捨ててしまった TAM-結合部位が復活していることを発見する。まさに、進化可能性の潜在空間から新しい分子を生成出来ることを見事に示した。
結果は以上で、Doudna さんの脳という遺伝子編集知識の集大成が、ESM-IF の足りない点を補うことで、それぞれでは難しい課題が解決されたことが示された素晴らしい研究だ思う。このようにトップ研究者ほど AI を生かし、新しいモデルも開発できることを考えると、ただ闇雲に AI 研究者を生命科学に動員すればいいという話ではないことがわかる。まさに、それぞれの研究現場で利用のためのチャレンジを進めることが重要なのだ。
とは言え、Doudna さんの頭の中にしまわれている遺伝子編集分子の構造や進化の知識を、将来 AI に置き換えることも可能だろう。例えば原核生物の進化潜在空間を学習した Evo1 などを ESM-IF と組み合わせることで、専門家以外にも課題解決が可能になると確信する。しかしそのためにも、AI と専門家の共同が重要だと認識した。

TnpB を人工的にデザインしてより小さな RNA/DNA 配列を認識して遺伝子を切断する人工酵素を作る
Imp:
現存する TnpB と比べて72-83%という多様性を持つ人工 TnpB を生成させることに成功する。
石器時代から鉄器時代に移行してます。