CRISPR による遺伝子編集法の開発は、決まった遺伝子を標的とした治療法の開発だけでなく、ランダムに遺伝子をノックアウトして生物機能に影響する遺伝子を特定するスクリーニング法を可能にし、突然変異による遺伝子探索=リバースジェネティック研究の中心になっている。しかもリンパ球など細胞レベルでノックアウトすることが可能なので、免疫研究の利用が最も盛んだと思う。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、ガン組織へのリンパ球の浸潤を阻害する分子を CRISPR スクリーニングで特定して、ガンに対する免疫を促進する方法開発を目的とした研究で、8月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo genome-wide CRISPR screens of human T cells in solid tumours(生体内で固形ガンに対するT細胞の全ゲノムレベルの CRISPR スクリーニング)」だ。
ガン組織への浸潤に関わる分子の探索は、ガンと T細胞の関係を見ているだけではわからない。すなわち、T細胞が腫瘍の様々な環境から影響を受けた結果が最終的にガン抑制として現れるので、ガン組織を対象とした遺伝子スクリーニングが必要になる。これまで、ガン特異的T細胞を CRISPR で遺伝子編集を行い、これをガン移植マウスに注射して、ガン組織に選択的に集まる T細胞を取り出し、ガンの浸潤に関わる遺伝子を特定することが行われてきた。ただ、人間のリンパ球の場合、どうしてもマウスに移植したガンに集まるリンパ球の数が少ないため、スクリーニングがうまくいかないことが多かった。
この研究のハイライトは、ガン特異的 T細胞の代わりに、ガンに全ての T細胞と反応するよう CD3 に対する抗体を発現させるという逆転のアイデアだ。これにより末梢血から取り出した T細胞を、CD3 抗体を発現するガンを移植したマウスに注射すると、十分な数がガン組織にトラップされることがわかった。もちろんガン免疫特異性はなくても、ガンの縮小は観察される。そして、通常のガン免疫と同じで、ガン組織の T細胞は環境の様々な影響を受けて疲弊することも遺伝子発現から観察できる。
この系を用いて、注射するヒトT細胞をあらかじめ CRISPRに よる遺伝子編集で77000カ所という部位で切断し(どこで切断したかはガイドのバーコードで特定する)、これを抗CD3ガンを移植したマウスに注射、ガン組織を回収して、T細胞の浸潤を邪魔する遺伝子特定を試みている。
このスクリーニングで、これまで研究されてきた様々な遺伝子が特定されるが、加えてこれまで注目されていない遺伝子が見つかった。この研究では、この中の Gタンパク質共役型受容体P2RY8 とその下流遺伝子について調べている。このシグナルを固形種に対する CAR-T からノックアウトすると、ガン組織への浸潤が高まり、ガン増殖を抑える効果を促進できる。P2RY8 はマウスには存在していないため、これまで発見されなかったと考えられるが、リガンドもある程度特定されており、元々リンパ球の活性化に関わることが知られているので、CAR-T 治療の促進に使える可能性は大きい。
この研究ではガン組織の T細胞のインターフェロンγレベルに関わる遺伝子を特定するという、より凝ったスクリーニングも行っている。CD3 抗体を発現させたガンに多くの T細胞が集まってくるおかげで可能になった実験だと思う。その結果、これまで知られている様々な分子に加えて、Gタンパク質の一つGαsが特定された。この分子はリンパ球では様々な G タンパク質共役型受容体 の下流で機能していることが知られている。そこで、この遺伝子をやはり固形ガンに対する CAR-T からノックアウトしてやると、CAR-T の腫瘍抑制機能を大きく高めることが明らかになった。
最後に、CAR-T から P2RY8 と Gαs を同時にノックアウトすると、単独ノックアウトよりさらに高い抗腫瘍作用が得られることも示している。
以上が結果で、CD3 抗体をガンに発現させることで、特異性をガンが決めるという逆転の発想で、ヒトT細胞で CRISPR スクリーニングがマウス生体内で可能になり、今後のCAR-T治療の成功率を高める方法を開発したおもしろい研究だと思う。
