RNA薬やCRISPR編集などのおかげで、遺伝子治療しか方法のない様々な希少疾患の治療がゆっくりではあるが実現し始めている。しかし10年近く論文を読んでいるが、遺伝子を細胞に届けるためのベクターやキャリアの進展は追いついていない気がする。
今日紹介するドイツ・ミュンヘンにあるヘルムホルツセンターからの論文は、これまでのウイルスベクターが持っていた様々な問題を、Bakerさんたちが開発したRFdiffusion等で設計された人工ペプチドを組み合わせることで解決できることを示した研究で、9月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Creating bottom-up RNA transfer vehicles from synthetic protein assemblies(人工タンパク質を組み合わせて現場からRNAトランスファーキャリアを作る)」だ。
パッとタイトルを見たとき、新しいウイルスベクターのAI設計で、以前紹介したファージウイルス設計に近い研究(https://aasj.jp/news/watch/29344)かと勘違いしたが、実際にはタイトルにある{Bottom up}が示すように、効率の高いRNA導入法を模索していた現場の研究者が、最近のAIによるタンパク質デザイン研究のパワーを認識して、これまでのデザインタンパク質を現場の知恵と組み合わせて、効率のいいRNA導入法を開発したという話だ。その意味で、Bakerさんたちの新しいタンパクデザインが医療研究現場に入ってきたという実感がある研究だ。
トライアルのスタートも、RFdiffusionについてのBakerさんの論文で正20面体ウイルス粒子モデルとして提案されたHE902人工タンパク質からスタートしている。これにエンベロップウイルスの性質を付与するため、膜に結合してエンベロップに取り込まれるためのタンパク質2種類、そして特定のRNAと結合して粒子にRNAをロードするタンパク質を組み合わせた組み合わせを何十種類も作成して、この粒子の効率を様々な角度から検討している。この時組み合わせたタンパク質は、これまでの研究により蓄積された様々な動物やウイルス由来のタンパク質で、まさに現場の知識が組み合わさっている。
この組み合わせの中からRNAトランスファー効率の高い粒子を選ぶのだが、エンベロップを形成のためにVSVウイルスを、取り込む蛍光タンパク質遺伝子をそれぞれ同じ細胞に導入して、高い蛍光を発する組み合わせを探索し、普通のウイルスベクターと比べても1000倍近いトランスファー効率を示したSTV-C8を完成させている。ここはトライアンドエラーでまさに現場の力と行ったところだ。
STV-C8は導入効率が高いだけでなく、通常のRNAが取り込まれていても自然免疫をほとんど誘導しない。従って、遺伝子治療には最適のベクターになる。
また標的細胞の特異性を上げるために、エンベロップを形成させるVSVgagタンパク質にIL-7RやEGFR に結合するペプチドを組み合わせることも出来る。この時使ったのもBakerさんたちの2020年の研究で設計されたペプチドが使われている。
こうして出来たSTV-C8を様々な機能的RNAを細胞に導入する実験を行い、例えば筋ジストロフィー由来の筋肉の遺伝子編集が可能であることを示している。そして最後に、マウス個体への導入実験、更にはブタ筋肉への導入実験を行い、静脈注射をした場合多くは肺で遺伝子導入が起こること、あるいはブタの筋肉で遺伝子編集が可能なことを示している。
結果は以上で、Bakerさんのデザインを信頼して、現場の知識を組み合わせたら素晴らしいベクターが完成したという、AI時代のあり方を示すすがすがしい研究だと思う。
