母親の体内で進むヒト発生過程を研究することは容易ではない。このためヒト胎児となると、「え?こんなことがまだわかっていなかったのか!」と思うことがよくある。今日紹介するテルアビブ大学からの論文はそんな典型で、ヒト胎児免疫系の発生過程を追跡している。タイトルは「Timely and spatially regulated maturation of B and T cell repertoire during human fetal development (時間空間的に調節されているヒト胎児内で進むB、T細胞のレパートリー成熟)」で、2月25日号のScience Translational Medicineに掲載された。研究では、妊娠3ヶ月から6.5ヶ月までの胎児の血液を採取して、その中の抗体遺伝子(IG)やT細胞受容体(TR)遺伝子の再構成の様子を次世代シークエンサーを使って調べている。もちろん血液といえども、母親の胎内の胎児から採取は不可能だ。この研究では、多胎妊娠の母親が一部の胎児だけを中絶する減数手術を行った時に中絶された胎児の末梢血を採取している。ただ、後期の中絶胎児については、明らかな遺伝的異常が認められたため中絶に至った場合が多く、完全な正常胎児を反映しているかどうかは明らかでない。こうして得られた末梢血からIG,TR遺伝子を調べるのだが、これらの遺伝子が再構成する時にできるゲノムから切り出された環状DNAと、再構成後ゲノムに残っているIG,TR遺伝子の両方を調べている。抗体やTCRは外界に無限に存在する多様な分子を認識するため、ゲノム内に数多く存在する抗原結合部位の遺伝子を再構成により選ぶ。環状DNAはその時ゲノムから切り出された側だ。また再構成時、組み合わせる各遺伝子(V—D—J)の結合部位にさらに小さな配列の挿入や欠損を発生させて、レパートリーを増やす。この過程を地道にヒト胎児で調べたのがこの研究だ。結果だが、一言で言うとこれまで動物でわかっていたことの再確認と言っていい。まず抗体の遺伝子再構成から始まり、その後少ししてTR遺伝子再構成が始まる。また、時間とともに個体中のIG,TR遺伝子の多様性は急速に増加する。実際これ以上詳しく結果を解説しても、退屈なだけだろう。強いて新しいと思う結果を探すとすると、胎児期から免疫グロブリンのクラススイッチが起こっており、多くはないがIgGだけでなく、IgAやIgE遺伝子の発現が見られる。これと並行して、普通抗原に刺激された時だけに進む体細胞突然変異がかなりの程度見られることだ。この結果は、低い確率でランダムに起こる遺伝子変化として済ますこともできるが、おそらく胎児期から抗原に反応してレパートリーを調整している可能性の方が高そうだ。とすると妊娠中期以降は、胎児も抗原に反応することをしっかり頭に入れて、妊娠と向き合う必要があるだろう。結果はこれだけで、わざわざヒト胎児で調べる必要はないと考える人たちもいるだろう。しかし、子供の育成という観点からは、今後も数を増やして、地道なトランスレーショナル研究が行われるべきだと思う。一方筆者にとっては、抗体のレパートリー形成は、臨床を辞めドイツで基礎研究を始めた時(30年前)最初に選んだテーマだったこともあり、今長い時間を経てトランスレーション研究が進んでいるという感慨が深い。